隣駅の映画館とか。
最近出来たばかりのカフェとか。
学校帰りの公園とか。
もちろんキミと過ごすならどこでもいいんだけど、たまには背伸びしてみたいって思うんだ。
例えばそうだな。
ちょっとお財布叩いてさ、県外の海に行ってみるとか。
でも暑いから熱中症には気をつけないとね。
山奥だっていいよ。神秘的な森林の奥で滝の音を聴いたりね。でも虫は多いだろうから虫除け対策はしっかりしたいよね。
知らない場所で、まだ知らないキミの一面が見れたら凄く嬉しいなって。
それにさ。俺達の知らない場所で、知ってる人がいない場所で二人きりってさ。
愛の逃避行みたいじゃない?
遠くへ行きたい
きらきら、きらきら。
キミの左手から光る反射を手で隠すようにぎゅっと握りしめる。
初めてキミに贈った、安物の指輪。
約五年。俺がバイトの時に貯めてプレゼントした指輪を嵌めてくれた期間。
キミが俺のそばにいてくれた時間。
全部、全部。きらきらした宝物で。
その宝物とも今日でお別れ。
外れてしまった指輪に呆気なさを感じるけど、これもきっといい思い出になる。
だって、その指にはダイヤモンドを誂えた指輪が嵌るんだから。
クリスタル
ゆらゆらと光の不快感で目が覚める。
寝ぼけまなこを開ければ風に揺れたカーテンの隙間から朝日が入り顔を照らしていた。
・・・眩しい。
あと10分は寝れたのに、と朝に相応しくない文句を心の中で呟いて仕方なく二度寝は諦める。
横にはちょうど朝日から逃れ気持ちよく寝ている彼女がいて。
俺はこんな思いしてるのに、キミはなんで呑気に寝てるんです?
ちょっと不服。
誰が悪い訳でもないけど、そのあどけない寝顔が愛おしくある分、なんだか憎たらしくて。
鼻でも摘もうかななんて思いながら涼やかな風が頬を撫でた。
なんか、新鮮。
でも、まぁ。いつもはキミの方が起きるのが早いから。
こうやって寝顔を見れたのは、この憎たらしいカーテンのおかげかな。なんてキミの寝息を聞きながら残り8分を堪能しようかな。
カーテン
あの人の瞳の色はなんだったけ。
新緑のような深緑だったか。それとも咲き誇る花のような赤だったか。
好きだったのに。
最初は声。次に顔。そして温もり。
記憶を手繰り寄せてもちっとも出てきやしない。
本当にその人がいた事すら危うくて。
その上鬱陶しいくらいの日差しが照りつけてきて嫌になる。
はぁ。と息を吐く。忘れてしまったなら、仕方ない。
思い出せないのなら、それで終わりだ。
額にうっすらと滲む汗を手の甲で拭う。
視界の端で青色が嫌に主張してくる。
あぁ。そうだ。
彼の瞳は、今私の目に映る深く深く、鬱陶しい程の青色だった。
青く深く
すん、と鼻を鳴らせば湿めりきった空気の匂いに地面の香りが混ざって、雨かなぁ。とぽつりと呟く。
けど、一歩外へ踏み出せば。
木漏れ日の隙間から覗かせる水滴の反射だとか、じりっと今にも肌を焼きそうな熱さだとか。
そういえばテレビで梅雨明け宣言されてたっけ。
ちりん。と音がする。
遠くで子供たちが自転車で駆け巡っていた。
今年は風鈴を買ってみるのもいいかもしれない。
そう思いながら私はまた一歩、新しい季節へ踏み出すのだ。
夏の気配