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5/12/2024, 10:24:32 AM

 人達はまだ小さかった私のことを、賢い、と表現した。
 だから、私は賢くなった。気がつけば大人になっていた。大人、という肩書きのおかげか、辺りに聡明らしく振る舞うことが上手くなった。
 ちしき人らしく、知っている一割のことを、まるで真理の五割みたく話して、誰かの憧憬を身に受けて、心を満たす。そんな、馬鹿なことばかりしている。
 あぁ、私は、こうやって見栄ばかりに囚われ、死ぬるんだろうか。
 人という像の一割しか知らなかった、あの、子供のまま、世界がまだ小さかった子供の頃そのままで、大人になりたかった。
 賢い、という安易に発せられる四音を信じる行為こそ、愚かであると、知ればよかった。
 私の知っていた一割の人間は、いつも笑っていて、一緒に楽しんでくれる。子供のような大人の姿だった。

5/8/2024, 4:51:09 PM

一年後のぼくが写った写真が
かざられてある
簡素で
素朴で
どうしようもない額縁の中に
かざられてある
ぼくが、かざられてある

そこには、はながいちりん
おとないっぴき
おおきな、加工された石。ひとつ

おとなは、しっている人
はなは、しろいろ
石は、しかくい

おとなの背中は
夜半住宅街に立ってある、ひとつの電灯みたい
はなは
もう、水も空気も太陽も、吸うことができない
おおきな石は
ぼく

こんなふうに、なれたらいいな

5/7/2024, 4:35:07 PM

僕は、恋を、しました。
とても、綺麗な恋だと、思ってます。
あの子は、まだ話したこともないけど、その目は素敵です。真っ黒な瞳孔です。
そこから、僕の身長くらいの手が出てきて、僕を力強く強く握って、引っ張って、痛めつけて。その目の中の僕の双眸が焼いた魚みたいに死んでいる、そんな妄想をしてると、夜が明けます。そんなことが、よくありました。
僕は、彼女が大好きです。いま、中学一年生で、秋もそろそろ終わります やめてよ。
もうそろそろ、僕も彼女も、二年生になります。二年生になったら何をしようね。
僕は、彼女と話したことはありません。だから、彼女の声を知りません。彼女は、学校でも、家でも、誰かと話すことはあまりないので、知らないんです。
いつもぼうっとしていて、頬杖をつきながら、子供が、灰色のクレオンだけで書いた空みたいな窓の中とか、机の上の隙間の中の消しカスとか、配られた用紙の女性の皺とか、そういったものを眺めています。
彼女は、あまり人らしくないです。 心配だよ
食事もあまりとらないし、不眠症だし、まだひとり遊びだってしません。彼女は、見とれるほど艶のある黒髪で、サラサラと風になびきます。僕よりも背が小さいです。彼女はどこか幻想的でまるで、現  いる   いるよ
昨日、彼女に初めて話しかけました。声を聞くことは無かったです。なんにもはなしてくれなかったのです。彼女は、寡黙で素敵です。
彼女は、今、僕をじっと見て、怯えてます。なんで? 怖いのかしら。顔をマッサージしたし、髭も剃れてるはず。ちょっと傷がついたけど、大丈夫だよ。心配なんてしないで、いいよ。
この部屋は、白くて四角い、豆腐の中みたいな部屋です。その中の僕と少女の目の中には、同じ暗くて、後ろめたいものがあると思います。
怖がらないで、僕は、仲間だから おねがい

――――××統合病院に入院された、三十代男性の手記より、抜粋

5/7/2024, 1:14:13 AM

うでを無意味に掻き回し
はずれた何かをさがします
露みたいに透明で、声みたいに儚くて
そして、誰にでも、なくてはならない何か

明日、世界が終わるなら
私は、その何か、その何かを
見つけたい
神様。私、最期くらい。

私、完璧でいたいです。

5/5/2024, 7:45:11 PM

「みぃちゃんと出逢って、何ヶ月たったかな? 半年? 一年?」
 あかるい茶色のうつくしさ。ぼくは、それを眺めいた。美しい。
「……あぁ、やっぱ、もう眠たいかな。おふとんしかなきゃね」
 薄暗くなった少年の部屋は、これから訪れる夜に震えているようであった。まだ、肌寒い。
「……あ、その前に。ご飯、用意するね。座ってて、疲れてるでしょ? 待ってて、みぃちゃん」
 僕は、おきあがって、すこしふらふらして、そうやって、冷蔵庫のまえ。付いた冷蔵庫のあかるさに、目をやられそうになっている。
「冷凍、ご飯でいいかなぁ。みぃちゃん」
 部屋は何の音もなく、少年の耳には、キィンと響く慢性的な耳鳴りだけが歩いている。薄暗い部屋の中に、月光が見えるくらいゆっくり、差し込んでくる。
「……ごめんねぇ、ごめんねぇ。みぃちゃん。冷凍、嫌いなのにねぇ。僕、料理下手だからさ」
 ボクは、冷凍庫のほうへしゃがんで、中を見てやった。かちかちのごはん。ひとつある。それを食べよう。

「……みぃちゃん、食べる? 美味しいよ、お米」
 少年は、茶碗を持って、写真立ての中の女性に話しかける。赤茶色と茶色の合間の色をした目と、黒い髪の毛。小柄そうに笑う女性である。その横には、少年が上手くない笑顔を称えている。
「はい、どぉぞぉ。ボク、貧乏だからさぁ。もっと、おいしいごはん、食べさせたいなぁ」
 とけえのカチカチ音がうるさくって、みぃちゃんの声がきこえない。しづかにして、ほしいなぁ。でも、みぃちゃんの顔がしっかり見れたら、それで、いいかもしれません。
「……食べない? 今日も? 大丈夫なの? こわいよ、みぃちゃん。ダイエットとか、しなくても、ぼくはみぃちゃんのこと好きだよ?」
 茶碗が地面に落とされ、中の米が布団の上に散らばる。布団の足回りには、同じような跡が見受けられ、肌色の、小さな虫が蠢いている。少年は、ベッド脇の、写真をぼうっと眺めている。
「……みぃちゃんがそう言うなら、仕方ないもんね。僕、わかるよ。ぼくの、問題じゃないもんね。あはは、ごめん。ごめんねぇ」
 あははは、あははは、あははは、あははは、あははは、あははは、あははは、あははは、あははは、あははは、あははは、あははは、あははは
「……みぃちゃん!!!なんで!! 食べてよ!!食べろ!!!食べろ!! なぁ!!僕は心配だらッ……だから!!言ってんだッろ!!!なぁ!!なぁ……あぁ……」
 少年はその場に跪き、畳の上に涙のシミが出来る。部屋は気が付かぬうちに、薄明るくなっていた。カーテンが遮って、外の様子は上手く捉えられない。
「……ごめんねぇ。怒鳴ってねぇ。ご飯、用意するから、ごめんねぇ」

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