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僕は、恋を、しました。
とても、綺麗な恋だと、思ってます。
あの子は、まだ話したこともないけど、その目は素敵です。真っ黒な瞳孔です。
そこから、僕の身長くらいの手が出てきて、僕を力強く強く握って、引っ張って、痛めつけて。その目の中の僕の双眸が焼いた魚みたいに死んでいる、そんな妄想をしてると、夜が明けます。そんなことが、よくありました。
僕は、彼女が大好きです。いま、中学一年生で、秋もそろそろ終わります やめてよ。
もうそろそろ、僕も彼女も、二年生になります。二年生になったら何をしようね。
僕は、彼女と話したことはありません。だから、彼女の声を知りません。彼女は、学校でも、家でも、誰かと話すことはあまりないので、知らないんです。
いつもぼうっとしていて、頬杖をつきながら、子供が、灰色のクレオンだけで書いた空みたいな窓の中とか、机の上の隙間の中の消しカスとか、配られた用紙の女性の皺とか、そういったものを眺めています。
彼女は、あまり人らしくないです。 心配だよ
食事もあまりとらないし、不眠症だし、まだひとり遊びだってしません。彼女は、見とれるほど艶のある黒髪で、サラサラと風になびきます。僕よりも背が小さいです。彼女はどこか幻想的でまるで、現  いる   いるよ
昨日、彼女に初めて話しかけました。声を聞くことは無かったです。なんにもはなしてくれなかったのです。彼女は、寡黙で素敵です。
彼女は、今、僕をじっと見て、怯えてます。なんで? 怖いのかしら。顔をマッサージしたし、髭も剃れてるはず。ちょっと傷がついたけど、大丈夫だよ。心配なんてしないで、いいよ。
この部屋は、白くて四角い、豆腐の中みたいな部屋です。その中の僕と少女の目の中には、同じ暗くて、後ろめたいものがあると思います。
怖がらないで、僕は、仲間だから おねがい

――――××統合病院に入院された、三十代男性の手記より、抜粋

5/7/2024, 4:35:07 PM