体が激しく脈打ち汗が滝のように溢れてくる。
止まってしまいたい、逃げてしまいたい。今すぐ足を止めて全てから逃げることができるならどんなにいいだろうか。
今日学校の授業中、僕の唯一の肉親である母が病院で症状が悪化した事が伝えられた。
今日の夜が山場で恐らく明日を迎えることは難しいことを知った。
昔は天真爛漫で病気とは無縁のようだった母は少しずつ病気によりその身を蝕まれていき今では昔の姿など見る影もなくなってしまった。
高校生になった僕はそんな母の姿を見たくないがために週に2度通っていた母の元にも全く近づか無くなった。母に必要なものを仕方なく持っていく際も病室に居座ることなく忙しいことを言い訳にすぐに帰っていた。
母が居なくなると聞いて今になり急に喪失感が押寄せる。
僕は授業中にもかかわらず電車2駅ほど離れた病院に行くために駅へも走った。走りなれていない僕は息を切らし足が震えている。苦しい。乾いて血の味がする喉が嗚咽を漏らす。はやく、もっと早く。
病院に着いた頃にはもう空が暗くなり始めていた。
必死だったのか病院の受付での会話はめちゃくちゃで覚えていない。
病室で母は以前見た時よりもやつれ機会に繋がれていた。
目は固く閉じられていて胸が苦しくなった。
僕はそっと母の暖かくて大きな優しい手を握った。昔はあんなに大きく感じたのに僕の手で包み込めるほど小さく、震えていた。
シングルマザーであった母は僕が小さな頃から僕を育てるために身を粉にしてあくせく働いていた。
自分が母をこうしてしまったのではないかと自分を責めることをやめられない。病院に行く度に記憶の中にいる明るく笑う母が少しずつ病院にいる母に塗りつぶされていく、とてもじゃないが耐えれなかった。
僕がどんなに声をかけても目は開かない。母の命を繋ぐ医療機器と僕の声だけが部屋に響く。窓の外をぼっと見ていると空に流れ星が流れていた。燃えながら落下し消える流れ星に僕は燃え尽きる母の命を重ね目を逸らすことも出来ず涙を流した。
太陽が沈み月が登る。
昼間には嘘のように照りつけた陽の光は無くなり、残酷で優しい光が照らす夜が来た。
仕事でミスをして消えたくなった。
家に帰っても何も出来ず自分が何も無いことが嫌になった。
SNSで見た知らない誰かの成功を妬ましく思った。
そんな自分に絶望した。
日中は忙しさに飲まれ苦しみ、日が沈めば自分の人生を悔やむ。
なんとも生産性のない時間だ。重ねた月日は自分の経験や自信にはならず、自分の失敗と後悔に。
今更悔やんでも変わらず、自身を変えることにも怠惰と恐怖で動けない。情けなくて涙が出る。
死んだように眠り、染み付いた規則正しい起床が私に苦しみを運ぶ。
今日もまた己を罰せんと朝が来る。たまには休んで私に幸せでも運んで頂きたいものだ。
私を幸せにする王子様は迎えに来るための白馬を逃がしてしまったのかまだまだ現れる気配がない。このままでは迎えも来ないまま白骨死体である。
私の気持ちも知らずに朝から元気に蝉が鳴き始めた。
来世は蝉にでもなろうかしら。
全く言うことを聞かない私の体。私の瞳は意思とは反してただ一点を見つめ、止まらぬ心臓を跳ね上がらせる。
私の体は一体どうしてしまったのだろうか。使えなくなった脳みそが止まぬ鼓動に死を錯覚していた。
高校三年生の夏、私はこの先きっと体験できない忘れぬ恋をした。大人になり幼かったあの頃とは変わってしまった今でも突き刺さるような雨が降る日、在り来りで特別な甘いムスクの匂いが私の鼻に香るような気がするのだ。
しっかりと残っている暖かくで残酷な記憶が私の心を蝕む。
時間は私の心を癒さず、彼を綺麗な思い出にする。
私が泣いていても誰も頬を撫でてはくれず、私が寂しいと口にしても誰も私のことを抱きしめてくれない。大人になればなるほどその虚しさが体を包む。
体も心も冷え切る冬、最近になって別れるぐらいなら出会わなければ良かったとちょっぴり思う。お前のせいで寒くてたまらないぞなんて八つ当たりもいい所だ。
私の運命はきっと彼でこれからもずっと変わらない、何処かで彼を忘れることは出来ないのだと思う。
でもきっと彼の運命は私ではなかった。
昔、物語では愛し合うお姫様と王子様は結婚して幸せになることを信じてやまなかった。でも現実はそうじゃない。世界は幼いころ思っていたより単純じゃないことを今はもう知っている。
今年のクリスマス、サンタさんには優しい彼氏をお願いすると強がった私は現実を見ながら夢に浸かり続けている。