イルミネーションの鮮やかな色彩が艶やかに染めている街並みを颯爽と歩く。今年のイブは平日だから仕事で帰りが遅くなってしまった。
寒風が顔を打ちつけ、靴の中の指先は冷え、ポケットに入れているカイロはゴミになっている。
「今日はやめに家行ってご飯作っとくから鍵はポストに入れて出勤して」
イブの前日、電話越しに彼女はそう言った。実家を離れ一人暮らしをしているから、家に帰るとご飯が用意されているのが想像するだけでありがたかった。ましてや好きな人だ、即決で「分かった」と返答して気分は高揚していた。
それがどうだ。イブの当日、僕は朝早くから仕事が入って大急ぎで準備し、鍵をポストに入れ忘れてしまった。
彼女は最寄駅で待っている。
急いで帰ろう、そして謝ろう。
今年のイブの夜は、どんな風になるのだろう。
寒さを必死にごまかすように街は光で彩られている。陽気な歌が流れ、みんなどこか浮き足立っている。
それが、ものすごく嫌だった。
日々に追われながら目の前のことをこなしていくと、いつの間にかこの季節になる。こっちは毎日生きていくのに苦労しているのに、街は多幸感で溢れているのが許せなかった。なんだか、存在自体を排除されているのではないかと思ってしまう自分がいた。
けど、今年は違う。隣には好きな人がいて、辛い日々から逃げ出すように冬を超えていくことができそうだ。
だからこそ、憎しみが身体中を渦巻いている人に目を向けたい。その人を排除しないで、真摯に向き合いたい。
かつての自分を、それで救いたい。
誰かと過ごす冬は、それだけで寒さも過去も消してくれるから。
沢山の愛を注いで、家にあった花は綺麗に咲いた
沢山の愛を注いで、ポチは懐くようになった
沢山の愛を注いで、彼女は妻になった
沢山の愛を注いで、妻は幸せそうな顔をした
沢山の愛を注いで、子供が産まれた
沢山の愛を注いで、子供を育てた
沢山の愛を注いで、一緒に子供の将来を考えた
沢山の愛を注いで、子供を塾に入れた
沢山の愛を注いで、抗議してくる妻を説得した
沢山の愛を注いで、子供にとって悪い友だちを排除した
沢山の愛を注いで、子供は僕の言う事を聞くようになった
沢山の愛を注いで、妻は顔に痣ができた。
沢山の愛を注いで、子供は急に激昂した。
沢山の愛を注いで、子供はグレた。
沢山の愛を注いで、妻は泣いた。
沢山の愛を注いだのに、家庭が壊れる音がした。
愛の注ぎすぎは危険らしい。
私にはキライなやつがいる。同じクラスの内田こころだ。
あいつはすごくぶりっこで、私が好きだったこうくんを奪ったんだ。分かりやすく甘い声だと可愛い子ぶってるって思われるからって、あいつはあえてちょっと冷たい口調でこうくんを馬鹿にしている。
「まーた授業中に寝てたでしょ、そんなんだからベンチ要員なんだよ」
でもこうくんは優しいから、このときも笑いながら、「うるせーよ、こころだって寝てただろ」って返していた。
あいつは狡猾だからそういう気遣いができるこうくんの優しさにつけこんで、いつもクラスで優位に立とうとしている。人を馬鹿にすることで自分の方が上だと暗に示して、王様気分を味わっている。
みんな頭が悪いからあいつの上っ面なだけの態度にひれ伏すように、休み時間になるとあいつの周りに群がる。あいつは気分が良くなって更に騒ぎ出す。
野蛮なやつらだ。あーうっとうしい。
授業が始まっても、担当の先生によってはあいつらはやかましい。
「せんせー、難しすぎて分からないですー」
なんでこんな簡単な問題が分からないんだよ、と心の中で毒づく。先生がはいはい、と呆れながらもう一度説明すると、私も間違った解釈をしていたことが分かった。でも、途中までは合ってたから、あいつとは違う。
あいつはよく「分からない」って言って先生とか私に質問してくる。私はオトナだからキライなやつでも態度に出さず丁寧に教える。そうすると毎回あいつは二重を三日月のようにして「さすが、説明うますぎ!ありがと」って言う。
あいつの白い肌に教室の光が当たって、いつも眩しく感じる。それはあいつ自身の内側からくる輝きのようでもあり、心の明るさがそのまま反映されているのではないか、と思う。
羨ましい。
本音を言うと、私はこころちゃんみたいになりたかった。
綺麗な二重で、色白で細くて、小さい顔でサラサラな黒髪で、みんなの人気者として産まれたかった。本当はもっと教室の中で明るく振る舞いたいし、こうくんに軽口をたたきたいし、付き合いたいし、友だちと集まって休み時間にダラダラ話したい。誰とでも屈託のない笑顔で話したい。分からないことを恥ずかしがらず人に聞きたい。もっともっと、自分自身を認めてあげたい。
なのに、私の心は真っ黒で小さくて、脆い。脆いんだったらいっそのこと壊れてしまえばいいのに。鬱陶しいのは、毎回騒がしいのは小心者の自分の心なんだ、そんなの分かってるんだ。
変わる、変わってやる。もう本来の自分を殺して、ビクビクして斜に構えて強がるのはいやだ。
こころちゃんみたいになるのは難しいかもしれないけど、少しでも今よりも楽に生きれる心を手に入れるんだ。