夕方、君と2人で並んで歩く。
今日は惣菜を安く買えたねなんて言いながら、僕たちの家に帰る。夕日に照らされた家々を通り過ぎ、黒と橙色の縞模様ができた道を歩いていると見知った街が見知らぬ街に変わっていく。
のびていく自分の影を見つめていると、いつの間にか君は僕より数歩先を歩いていた。ご機嫌に歩く君の背中を暫く眺めていたが、僕はどうしてか不安になって、君を呼び止めた。
「ねぇ、ちょっと待って。」
君は不思議そうに振り返った。夕日が眩しい。僕は今どんな顔をしているのだろう。
「…もっと、ゆっくり帰らない?」
夕日が沈んでいく。最後の灯火とばかりにいっそうと煌めいて、日を背にした君の表情は見えなくなってしまった。
「そうだね。ゆっくり、帰ろう。」
夕日が沈んだ。辺りは急に真っ暗になった。
僕は左手に確かに君が居ることを感じながら、いつもの道を歩いていく。
『沈む夕日、君とともに』
星が綺麗な夜でした。
あなたはひとりで泣いていました。
こんなにも星は煌めいているのに、あなたは俯いて地面ばかりを見つめて震えていました。
どうにも見ていられなくて、私は声をかけました。
それでもどうしてあなたは黙って俯いたままです。
これでは駄目かと思い、私は励ましてみました。
それでもどうしてあなたは黙って俯いたままです。
発想を変えて、私はあなたを叱ってみました。
それでもどうしてあなたは黙って俯いたままです。
思い切って、私はあなたの手を引いてみます。
それでもどうしてあなたは黙って俯いたままです。
仕方が無いので、私は黙って隣に座りました。
暫くするとあなたはぽつりと零しました。
「私は孤独という病に罹ってしまいました。これではもう頑張れないのです。」
あなたはよりいっそう俯いて胎児のように丸まってしまいました。
星は絶えず輝いていました。私はあなたが可哀想に思えてきました。
「孤独ですか。いや、そう落ち込むことは無い。その病は治りますよ。」
私は努めて明るい調子で言いました。あなたは丸まったまま恨めしそうに応えました。
「なんの根拠がありましょう。あなたは医者ではないと言うのに。」
そうしてあなたは腕の隙間から私を睨みました。私は軽く咳払いをすると、今度は厳かに言いました。
「そもそも孤独というのは、誰しもが種を持つ病気であります。あなたは酷く苦しんでいらっしゃるか、それも理由がある。あなたは秘密が多すぎたのです。」
あなたは暫く黙ったままでしたが、やがて弱々しい声で呟きました。
「わたしは怖くて仕方がないのです。わたしではない誰かに、どうしてわたしを教えられましょう。」
「簡単なことです。天をご覧なさい。そうして言うのです。『星が綺麗ですね。』と。そこで相手がうんと言えば、あなたは秘密の感情をひとつ、共有したわけだ。」
あなたはようやく顔を上げて、空を見上げました。
あなたの瞳は星の光で輝いていました。
そこで、あなたのもとに誰かがやってきました。
どうやら、あなたを探していたようでした。
その人は酷く安心した様子で、あなたの手を引いて帰ろうとしました。
あなたは立ち止まり、言いました。
「星が綺麗ですね。」
相手は一瞬呆気にとられたようでしたが、一拍遅れて空を見上げると微笑んで言いました。
「そうだね。」
『星空の下で』
『大人気商品どらっとメロンが生まれ変わって新登場!』
「…はぁ。」
「どうしたんだ。ため息なんかついて。」
「これっすよ、これ。」
「ん?『どらっとメロン』?なんだそれ。」
「メロンパンをはさんだどら焼きっす。」
「美味いの?それ。」
「メロンパンとどら焼きの味っすね。」
「そらそうだろうよ。…で、ハズレ引いて落ち込んでたってわけ?」
「違います。」
「じゃあなんだよ。」
「生まれ変わっちゃったんすよ。」
「はぁ?」
「だから、生まれ変わっちゃったんです。」
「はぁ」
「もともとはパッサパサのメロンパンをうっすいどら焼きの具にしたやつだったんす。」
「最悪じゃねぇか。」
「それがしっとりクッキー多めメロンパンをふっくらどら焼きの具にしたやつに変わっちゃったんすよ!」
「妥当だろ。」
「おれはあのパッサパサでチープな味が良かったのに。」
「そういうもんか?」
「そういうもんです。」
「変わった趣味してんなぁ。」
「先輩はそのままでいてくださいね。」
「意地でも生まれ変わってやる。」
『それでいいのに…』
小学生の頃、我が家にはおやつは1日1つまでというルールがあった。私は甘いものが好きだったので、いつもそのルールにやきもきしていた。
ある日、父がチョコレートを買ってきた。10個入りのボンボンショコラだ。どうしても1粒じゃ足りなかった私は、駄々を捏ねて父と大喧嘩してしまった。結局部屋にこもった私のもとをたずねた母が持っていたのは、チョコレートだった。
ひとつだけ、ね?
その時に食べたチョコレートは格別に美味しくて、もっと食べたいと思っていたはずなのにすっかり満足してしまった。
そして今、件のチョコレートが目の前にある。1粒摘んで口に入れる。上品な甘さが口の中にひろがる。大人になって、もう甘いものは好きなだけ食べてよくなった。だけどこのチョコレートは、あとひとつ食べるだけにとどめよう。
『あとひとつだけ』
ついにドラえもんが開発されたらしい、と法螺を吹いた。そしたらニュースで本当にドラえもんが開発されたと報道があった。
今度は実はニホンオオカミは絶滅していないんだと言ってみた。そしたらニホンオオカミ発見を見出しにした新聞が売られていた。
どうにもおかしいので、今日は隕石が落ちてくる日なんだと言ってみた。途端にけたたましくサイレンが鳴り響く。テレビも、トレンドも、全部隕石衝突の話をしている。空が暗くなった。
やらかした。
びっくりして目が覚めた。いまは4月1日12時1分。
空は晴れ渡っているし、ニホンオオカミは絶滅したし、ドラえもんもいない。
なんだか世界に嘘をつかれた気分だ。
『嘘をついていいのは午前まで』