「いま、幸せですか?」
「…宗教ならお断りですよ。」
「やだなぁ違いますよ。ちょっとした雑談じゃないですか。」
「ちょっとした雑談でその切り出し方は珍しいですね。」
「えへへ。」
「別に褒めてませんが。…今なんで拍手したんですか?」
「で、いま幸せですか?」
「無視ですか。譲らないんですねそこは。まあ、幸せですよ。」
「ほほう。それはズバリ何故ですか?私といるからですね?そうですよねいやぁ照れるなぁ。」
「一人で完結しないでください。あと勝手なこと言わないでください。そしてまたなんで拍手したんですか?」
「ちょっと情報量多いですよ。まとめてください。」
「ムカつきますねあなた。私は怒ってもいいんですよ。」
「でも怒らないの優しいですよね。」
「よくそんなこと言えますね。」
「えへへ。」
「だから褒めてません。」
「じゃ、次は貴方のターンですね。雑談を始めてください。」
「雑談ってターン制だったんですね。…では、さっきからちょくちょく拍手してるのは何故ですか?」
「あ、なんかやたら言ってましたね。」
「聞こえてたなら答えてくださいよ。」
「いやいや、言うじゃあないですか。『幸せなら手をたたこう』って。」
「実行してるの貴方だけだと思いますよ。」
「幸せなら態度で示すんですよ?」
「そんな圧力を感じる歌でしたかあれ。」
「まあ、私もいつだって手を叩いている訳じゃあございません。」
「流石にTPOは弁えてますか。」
「それじゃあ貴方といるときずっとやんなきゃいけなくなりますからね。」
「…そういうこと、何でもなく言いますよね。」
「えへへ。」
「…はぁ。」
「あれ?いまなんで拍手したんですか?」
「態度で示したまでです。」
『幸せになった?』
何気ないふりをして隣に座った
偶然を装ってケーキを買ってきた
鈍感なふりをして馬鹿な話をたくさんした
あっけらかんを装って悩みを笑い飛ばしてやった
何気ないふりをして後ろにもたれた
偶然を装ってイヤホンをした
鈍感なふりをして背中越しの振動には気づかない
あっけらかんを装って白々しく言ってやるのさ
「どうしたの?」
こうでもしなきゃ、優しい君は吐き出せない
『何気ないふり』
20##年2月
今日、殺人事件があったらしい。
なんとも物騒な話だ。しかし、その場にいた探偵による見事な推理で解決したとか。偶然居合わせたらしい友人が興奮気味に言うには、その犯人とやらが近頃世間を騒がせている連続殺人鬼であったのだから驚きだ。
被害者の年齢層も、性別も、犯行方法だってバラバラ。唯一共通しているのは、被害者を異常な執着で精神的に追い詰め、結局は自分の手で命を奪っていること。 ある時は恋人になったものを追いかけ回して、ある時は子どもを閉じ込めて、またある時は自殺を引き止めて無理やり生かした後…ということもあったそうだ。
そんな残酷な犯人は名を『愛』と言うらしい。
20--年8月
最近は変な宗教が流行っていて困る。自殺したというこいつもきっと例のとこのだろう。あったこともない教祖のために身を尽くすなんてバカみたいだ。教祖のために殺人も、自殺だって喜んでしてしまうみたいだから、信仰心というのはやはり恐ろしい。
やつらがこう好き放題しているのが不思議なくらいだが、もしかしたらもうほとんど人間が心酔してるのかもしれない。あの『平和』とかいう教祖に。
全く、1度くらいはこの目で見ておきたいものだ。
『愛と平和とかいう殺人鬼』
過ぎ去った日々に思いを馳せる。
しかし、どうにも上手く思い出せない。
かろうじて出てくるのは辛い記憶ばかりだ。
怒られた記憶、失言してしまった記憶、傷つけられた記憶、傷つけてしまった記憶…。
思えば、失敗した度に自分を詰ってきた気がする。
成功したって、特段褒めなかった気がする。
「私」を形づくる経験であったというのに。
きっと今なら、あの時の私の頭を撫でてやれるだろう。今の自分には、まだ出来ないけれど。
そう思うと、過ぎ去った日々に目を向けるのも悪くない。
『頑張った日々』
「やっぱり男はお金よねー。」
いつものお店、いつものメンバー、いつもの女子会、いつもの恋バナ。そして決まったように貴方はそう言う。
「またそれー?咲、また男と別れたな?」
「うっさい。いや聞いて、アイツほんとケチでさー。いくら顔が良くってもねぇ。」
「いやいや顔でしょ。愛せる顔してなきゃキツいわ。」
「いやお金あればほとんど困ることないでしょ。それに別にお金貸して欲しいわけじゃないし。」
「もしそうならただのヒモよあんた。」
この会話も何度聞いたことだろう。私は小さくため息をついた。これもいつも通りだ。
「ねー。花もそう思うでしょ?男は金だって。」
「…え、あぁうん。そうだね。」
「いや花あんた絶対聞いてなかったでしょ!」
「聞いてたって。まあ、お金はなにかと入り用だし?」
「でしょー!やっぱ花はマジ理解者だわー。」
嬉しそうに笑う彼女を横目で見て、頼んでいたジンジャーエールを1口飲んだ。ぴりぴりとした刺激を喉で感じながら、年齢にしてはかなり多く数字が記帳された通帳を思い出す。
ねぇ、咲。私結構稼いでるんだよ?
「っていうかほら、誕生日とか新作のバッグとかコスメとか欲しくない?やっすいキーホルダーとかじゃなくってさ。」
「うーわ。サイテー。」
新作のバッグなんていくらでも買ってあげる。貴方がもっと可愛くなるのは心配だけど、欲しいならコスメだってたくさんプレゼントする。
「デートのときとかさ、『ここは俺が出すよ。』とか言って貰えるのよ?」
「タダ飯目当てか!」
高級フレンチでもなんでもご馳走してあげる。美味しそうに食べる貴方が見れればそれでいいの。
「なにより、ほら、子どもが出来たときとか。」
ずきり。ああ、始まった。
「お金の心配はない方がいいでしょ?ほら、うち親がそういうの言いだし始めちゃってさ。」
「うぁー。うちも。いい人いないの?って帰る度言われるわ。」
「やっぱ?ね、花はどうなの?」
「わ、たしは…。」
子ども。お金があったって私じゃどうしようもならないもの。
「まだ特にないかな。」
「えぇー!いいなぁ!」
お母さんは、何となく察しているのかもしれない。何も言わないでくれているのは、とても幸せなことだった。
「…ま、子どものこと考えるなら、お金より愛かもね。」
「おっ咲。思い直したかー。あたしゃ信じてたよ。」
「結局いつもその結論だよねー。」
貴方への愛なら世界の誰よりもあるのに。お金だってあるのに。そんなことより大事なことがあるって貴方は無自覚に突きつけてくる。
「…それだけじゃないでしょ。」
「ん?花、何か言った?」
ああ、惨めだ。かないもしないのに。
「なんでもないよ。」
私はジンジャーエールを飲み干した。
やっぱりぴりぴりして、少し涙がでた。
『お金より大事なもの』