「遠くの街へ」
汐風は涙の味がする と言ったのは誰だったか
海は穏やかに晴れ渡り ささやかな拍動のように波が立っている
船の甲板から見えるのは水平線が分かつ青と蒼
どこまでだって続いていそうな果てに私は向かっている
知らない国の知らない街で 私は1人生きていく
少しの不安と大きな期待 きっと私ならできる
遠く 遠くの 誰も私を知らない街へ
後悔は全て海に捨ててしまおう
新たな明日へ 新たな私へ 希望の未来を抱えて
はるか遠くの街へ向かっている
「現実逃避」
あはは うふふ 随分と心地がいい夜に車道の真ん中で大の字になる
足取りは千鳥足 満天の星の下 私の頭の上にも星がたくさん
蛙が歌っているのは何?きっと教会の聖歌と同じ
えへへ 今日はいい気分 ぶんぶん カナブンと自販機はお友達
私の上に地球 私の下に宇宙 きっとどちらもぴかぴか光ってる
くるくる回る 頭が回る 脳が回って気持ちがいい
車はまだ来ない 私は夜の女王 こっそり月と婚約してる
アスファルトは冷たいけれど 私の背中を支えてる
おかげで転ばない 倒れない 不死身のランデブー!
ゆらゆら くらくら ふわふわり
シンデレラは眠らなきゃ 靴は両足ぶん置いてきた
眠らなきゃ キスで見を覚まさなきゃ
あらあら 魔女は遠くでガッツポーズをしてる
私は眠るの 実は魔女は私のお友達
さあさあ お目々を閉じて 微笑みながら 天使のように眠るの
「小さな命」
ピカリと光って それは まばゆい尾を引いて流れた
それは 長い時間をかけて海へと落ちました
海の中で光はしぼみ その中心には白鳥のように美しい白い髪を持つ少女が現れたのです
不思議な少女を海の生き物たちは興味深く口先で突いたり ヒレで撫でてみたりしました
少女は眠ったままゆっくりと沈んでいくかと思いましたが 長いヒゲを持つ年寄りのクラゲが少女の髪を引っ張ると 「きゃあ」と悲鳴をあげて目を覚ましました
ぷくぷくと銀色の泡が少女の口からこぼれ 水で満ちた海の中でも少女の声は鈴の音のように響きました
ぱちぱちと大きな翡翠の瞳を瞬かせてから 少女は器用にくるりと体を回して辺りを見渡しました
周りには色鮮やかな小さな魚や少女と同じくらい大きな魚に 怖い顔のウミヘビや少女を起こしたクラゲが一様に少女を見つめています
「どうしてあなたたちには足がないの?」
少女が魚たちに問いかけます
魚たちはエラをパタパタと震わせて忙しくヒレや尾やヒゲを動かしました
「そうね 私の足よりあなたたちのほうがずっと泳ぐのが早そうだわ ねぇ ここで私みたいにお話しできる子はいるかしら? 私 お友達を探しにきたの」
魚たちは各々 顔を合わせて何かを伝え合っているようでした
しばらくしてウミヘビが少女の前に出てきました
少女はウミヘビの鋭い歯を見て恐ろしくなり両手をぶんぶんと振り回して「食べないで!」と声をあげました
ウミヘビは少女の横を通り抜けて 少し進んだところで振り返って尾を振りました
どうやらお友達になれそうな子を知っているようです
「あら ごめんなさい あなたのお口ってなんでも食べれそうなぐらい鋭いからびっくりしちゃったの もう怖くないわ あなたって優しいのね」
少女はウミヘビの後を追って足をぱたぱたと動かしました
小さな魚たちも一生懸命にヒレを振って少女を応援してくれます
少女は一生懸命泳ぎました けれどウミヘビとの差はどんどん開いていくばかりです
ウミヘビは時々こちらを確認して待ってくれますが 少しずつしか進めないことがもどかしいようでその場で長い体をくねらせて遊んでいました
すると 最初に少女を起こした年寄りクラゲがやってきて数本のヒゲを少女の方へ伸ばし 少女を抱き抱えるとスイスイと驚く早さでウミヘビへと追いついたのです
ウミヘビを先頭に年寄りクラゲと少女、その後をたくさんの魚たちがついていきました
どれくらい泳いだでしょう
いつの間にか後ろの魚たちはいなくなってウミヘビと年寄りクラゲと少女だけになっていました
少女は「いったいいつになったらつくのかしら もしかしたらまだまだ遠くまで行かなくちゃいけないのかしら」
と心配になってきた頃
突然 辺りが黒い絵の具を浸したように真っ黒になったのです
驚いて上を見てみると少女が100人並んだよりも大きなクジラがこちらを見ていました
ウミヘビとクラゲはクジラの前まで少女を連れて行き体をくねらせてクジラへ何か伝えているようでした
少女はきっとこの大きなクジラがお話ができるお友達に違いないとクジラに負けないぐらい大きな声で話しかけました
「はじめまして! あなたとっても大きいのね! あなたはお話ができるのかしら? 私 お友達になれる子を探しているの!」
クジラはうーんと時間を使ってから少女に返事をしました
けれどそれは言葉ではなく世界を震わせるような大きな音でした 少女の声が鈴のようなら このクジラの声は巨大なバイオリンのようにいくつもの音が重なった美しい声でした
「わあ あなた歌が歌えるのね!」
少女はその美しい歌に感動して思いつく限りの褒め言葉を言いました
けれどクジラは歌を歌えますがお話しはできないようです
少女は少し悲しくなりました 大きなクジラにお話しができる子について聞こうと深呼吸をした時 クジラがその大きなヒレを動かしました
するとクジラのヒレの影からなんと小さなクジラが顔を出したのです
「こ こんにちは」
子クジラは大きなヒレに隠れながら小さな声で少女に話しかけました
少女はもう 嬉しくて嬉しくてたまりません
クラゲのヒゲから抜け出して めいっぱい体を動かして子クジラに近づいて子クジラのヒレを掴みました
「あなたはお話しできるのね!私 お友達を探しているの お友達になりましょう!」
子クジラは驚きながらも初めての友達に喜びました
少女と子クジラがヒレと手を繋いでくるくると踊っているのを見て大きなクジラも美しい声で歌い始めました
それから美しい歌声は 一日中 響き渡り 海の生き物はみんなその日幸福な気持ちでいっぱいになったのです
「太陽のような」
私の理想 私の目標 私の救世主 私のかけがえのない友達
ただ1人私を見てくれたあなた
あなたに辿り着きたかった 胸をはってあなたの隣に並びたかった
あなた以外からの賞賛なんてなんの価値もないの
死ぬ気で努力した
それでもあなたには敵わなかった
あなたのそばに行くことすらできなかった
あなたがいる限り私は永遠にあなたの影から出る事ができない
太陽のように人々を照らし 無数の憧れという名の眼差しを受けるあなた
でも誰もあなたに近づけない
あなたの熱に触れる事はできない
あなたに宿る消える事なき炎の理由を知る事はできない
太陽が離れてから ようやく私は気づいた
あなたが私を見てくれた時 私は光を知り 凍える世界の中で初めて暖かさを知った 私はそれがあなたの純粋なる優しさから与えてくれたのだと思っていた
けれど 本当は違った
私はあなたの内側を知ろうとはしなかった
光の裏側も暖かさの秘密も考えずに 私はそれら全てあなたが生まれついて持っているものだと信じて疑わなかった
私は初めからあなたを見ていなかった
そうして あなたは何も言わずに私から離れていった
あなたは今も変わらず世界を照らし続けている
あなたはもう私を見てはくれない
「同情」
ふとした時に君は涙を流す
ご飯を食べている時 テレビを見ている時 散歩している時 窓辺で日向ぼっこしている時
なんの前触れもなく君は涙を流す
表情を変えず静かに泣く日もあれば 息もままならないほど激しく泣く日もあった
君は涙の理由を教えてはくれない
君のそばに居る権利をようやく手に入れたのに 君の内側を見ることは許されない
泣いてる君を慰めようと近づくと 君は怯えて 震えて より一層酷く泣いてしまう
だから 毛布とタオルと暖かい飲み物を君のそばに置いて 君から離れる
別の部屋に行って君が落ち着くのを待つ
君の過去を詮索する事はしない 君の心を暴くような事もしない
君を知らないまま 日々を過ごす事は何も問題にはならない
君にとって 同情されるという事が 何よりも恐ろしい事なんだろう
君の辛さを感じる事はできない 君の苦痛を見たいとも思わない 求めるのは平穏で穏やかな君の笑顔だけだから
いつの間にか泣き声が聞こえなくなった
部屋に戻ると 君は毛布にくるまったまま泣き疲れて眠っていた
起こさないようにそっと腕を入れて抱き上げベッドへ運ぶ
涙の跡を指で拭って君の瞼にかかる前髪をはらう
君の過去がどうであれ 君に同情なんかしないさ 君が強いことを知っているからね
今はただ 君がここにいる事だけで充分なんだ
明日の朝のフレンチトーストとか 来週公開の映画とか
君と見る未来の方がずっとずっと尊いんだ
だから今はゆっくりおやすみ
明日のフレンチトーストのためにね