彼のモチーフを集めるのが密かな趣味になっている。雑貨屋で見かけたマグカップ、発見してすぐにカゴに入れた水族館のキーホルダー。タオルは青ベースが多くなったと思う。
着々と部屋に増えてひとり過ごす時、部屋に並べてにやけていた。特にお気に入りなのがキーホルダー。少々とぼけた顔をしているがそれがかわいい。彼がきょとんとした顔にそっくりでとても良い買い物をした。
「んふふ、可愛い」
ぬいぐるみを脇に置いて指先でツンツンつつく。色違いもあってどちらか選べないまま両方買ってしまい青色と紫色の鯨が私を見つめていた。好きなものに囲まれて好きな音楽を聞いて好きなお茶を飲んで寛ぐ。ここは私の『楽園』で私の城。
これを見た彼は驚いたりしないだろうか。それとも「俺がいたら完璧だろ?」自信たっぷりに仲間に入るか。想像の先が気になるけど、今はまだ私だけの秘密。いつか寝ている隙に買い集めた雑貨で取り囲んで、きょとんとした彼を見るのだと画策していた。
「よっ」
見晴らしの良い丘から飛び降りた。滑空するためで命をなげうちたい訳じゃないから安心してほしい。待ち合わせ場所へのショートカットで予定の時間に間に合うか正直ギリギリなところだ。遅れても君は怒らないけど誘った俺が許せないんだ。
夕食の時間が近いから最後の売り込みに声を張り上げる市場の商人たち。付加価値を付けて「お得」と言えば主婦は喜んで買っていた。早いところだと煙突から煙がでて夕食のいい匂いが『風に乗って』鼻をついてくる。
ゆっくり下降して何を頼もうか考え始めた。いつものセットか…さっきのスパイスの効いた匂いも忘れられない。この街で手に入る香辛料と少し違う異国の香りも食欲がそそられた。何種類ものスパイスを合わせて作り上げる料理は様々な味わいがあるそうで、組み合わせは尽きることがないと店主から聞いたことがある。仕事先で食べたカレーの種類はメニュー表には収まっていなかったな…。
異国の料理に思いを馳せてしまった。着地した俺の鼻は先ほどの匂いを探し、体験したことのない味を得たいと口内にだ液が溜まる。
時間は何とか間に合って髪や汚れを手早く直す。小さく見えた君の姿に手を振って、夕食の候補をいくつかリストアップしていた。
「すごいなぁ…」
ベンチに座り頬杖をついて彼の訓練風景を眺めるのが好きだ。スラッとした長い脚は肩幅ほど開き、音もなく矢をつがえた真剣な横顔に惚れ惚れしてしまう。突風が吹いて矢の行く先は的から逸れてしまうが体幹がぶれることはない。
苦手な武器だと話す彼だが的を見る限りそうは思えなかった。用意した的すべて、ど真ん中に当たってどれも狙い撃ちされているのに。素人の私にはわからない武人の感覚が彼にある。
彼は私が飽きていないか視線を投げ掛けてくれる。それに手を振ったり、拍手を送って飽きないよとアピールしていた。
あまりに気にかけてくれるから訓練の邪魔になってるかも。次に目が合ったら帰えろうかな…。
気にかけてこちらを見てきた彼の視線は鋭く、突然弓を構えた。狙いは的じゃない…私?
矢じりが光り怯えて目を細めた『刹那』、びゅっと風を切り耳もとを掠める。
すぐ後ろで鈍く重い音がして射られて地面に倒れたんだと知った。私の周りには何もなかった記憶がある。彼に見とれて賊に狙われていたことに気付かなかった。
危機的状況に落ち着いて対処できるんだから、苦手と言う紹介はやっぱり無理があると思う。怪我はないかとこちらに走ってくる彼にそんなことを思っていた。
恥ずかしいけれどはっきりした目的を持っている訳じゃない。
彼のような、なし得たい壮大な目標がある訳でもない。生を受け、一日一日を懸命に生きるのでいっぱいいっぱい。『生きる意味』を私は見いだせないでいる。
ぐにゅりと抱いているぬいぐるみに力が入った。友人は家族を探すため、なんとしても生き抜く必要がある。彼はこれからも戦いに明け暮れるだろう。私も意味があれば…もっと
「ぬいぐるみが別の動物になりかけてるよ」
おどけた彼が「ぐえぇ」とぬいぐるみの心境を代弁して見せた。大きな抱き枕のクジラは私の腕によって見事なくの時になっている。
「嫌な事でもあった?それか悩み事?」
「人生に意味を持たせようと…」
「また突然だなぁ」
だって周りが一般人と例えるには遠く、才能に恵まれ魅力的な人たちばかりなのだ。聞けば生きるための強い目的があると殆どが答えてくれた。
「俺は…まぁ夢があるけど君も『生きる意味』に入ってるよ。これから先も過ごしてさ、君の色んな顔が見たい。急に思い立って見いだすものじゃないだろ?些細なことでいいんだ。あれがしたい、これがしたい…とかね」
「したいこと…。」
したいこと、やってみたいこと。頭に浮かんだものを口に出す。
彼と…
「新しく出来るカフェに行ってみたいし、一面のひまわり畑を見てみたい。海沿いを歩いて夕陽を眺めたり、見られる流星群を見てみたい…」
「うん。君らしくていいんじゃないかな。ただ気付いてる?」
「なにに?」
ソファに座っている彼の腕にぬいぐるみごと閉じ込められた。思ったより力が入っているけどぬいぐるみがクッションの代わりになってさほど苦しくない。
「君が話した内容全部に俺がいたこと。どこへでも連れていってあげるよ」
当たり前過ぎて忘れていた。
「私ってあなたと過ごしたくて生きてるみたい」
お互いが『生きる意味』。私はすでに見つけていたらしい。
やっていいことと悪いこと、物事の分別がある。例えば、困っている人を助けてあげるのが善。反対に人を困らせることは悪。単純明快だ。
もし、困っている人を助ける術が誰かを傷付けることなら。必要なら仕方がないと諦めて実行するだろうか?じゃあ、それが人殺しになった時は?それも仕方がないなんて言えるのか?善のための悪…。
なんて、小難しくあれこれ考えるのはやめよう。
信頼という鎖で君を縛った。ありもしない危険をでっち上げて大事な大事な君を部屋に閉じ込めたんだ。
「狙われて危ないから、ここにいてくれる?必要だったり、欲しい物があれば買ってくるよ」
「でもあなたの負担になるんじゃ…」
「ならないから、お願いだ…。言うことを聞いてくれ」
君の両手を握り、懇願する俺はどの役者よりも名演だったろう。君の瞳は不安に揺れて小さく頷いた。
本人の同意のもと部屋から一歩も出さないのは、はたして『善悪』のどちらに該当するのだろう?
俺は困っていたんだ。君がどうしても欲しいのに周りの人間が君を連れていくことを頑なに拒むから…。君を得るのは俺にとって善いことなのに。