記憶のランタン
生きていると、突然どうしようもなく心が沈むことがあるかもしれない。
理由も言葉も追いつかないまま、
「もう無理だ」「どうすればいいんだ」
って思い詰めてしまう瞬間が、誰にだってやってくる。
世界がまるごと真っ暗になって、
自分ひとり取り残された気がして、
前に伸びてるはずの道さえ見えなくなる日が。
でもね、そんなときこそ一度、
そっと後ろを振り返ってみてほしいんだ。
君の背中には、たくさんの灯りが並んでいる。
温かく揺れる小さな炎。
それこそが、君が持っている【記憶のランタン】
そのランタンに灯っている光は、
どれも君自身がこれまでの人生で獲得してきた宝物みたいなものなんだ。
ひとつは、知識のランタン。
本で学んだこと、先生に教わったこと、
誰かがくれたアドバイス、
自分で気づいた小さな答え。
それらは目に見えないけど、確実に君を支えてくれる。
知識は、暗闇を切り開くための武器になる。
もうひとつは、経験のランタン。
うまくいった日も、泣いた日も、恥ずかしかった失敗も、
経験は時々チクチクする。でもその痛みのおかげで、
君は前より優しく、強くなってる。
経験は戦い方を教えてくれる。
そして最後に、思い出のランタン。
夕暮れの帰り道で笑い転げた瞬間、
涙を拭ってくれた友達の手、
木々を揺らす夕方の風、
胸の奥がじんわり温かくなった出来事。
たった一瞬だったのに、時間が止まったみたいに心に残ってる場面。
季節が移り変わろうとも、どんなに歳を重ねたとしても
それは、永遠に揺れる灯火。
思い出は君を動かすエネルギーになる。
君の世界が絶望で塗りつぶされたように思えても、
実際は、真っ暗なんかじゃない。
だって君の背中には、
これまで歩いてきた日々がつくったランタンがたくさんついている。
灯りの数だけ、君は生きてきたってことだから。
その灯りは未来を無理やり照らしつけるような強い光じゃない。
もっと優しく、じんわりと道の輪郭を浮かび上がらせてくれる。
だから暗闇の中でも一歩を踏み出せるようになる。
記憶のランタンは、君が進む道しるべになるから。
既読がつかないメッセージ
「駅前にカフェできたんだって。一緒に行こうよ」
送信。
既読はつかない。
でも、君なら「いいね、行こ!」って笑って言うだろう。
俺はそんな返事を勝手に思い浮かべてにやけてしまう。
「会いたい」
思わず打った一文はすぐに消した。
弱音みたいで、君が心配する気がしたから。
「前行った遊園地また行きたいな。」
「今度は晴れた日に。」
送信。
やっぱり既読はつかない。
それにしても雨の音がうるさいなと耳を塞いだ。
雨の日は嫌いだ。
いや。嫌いになったの方が正しいだろうか。
あの日も雨が降っていた。
「雨の日も一緒なら悪くないよね」なんて、
君はずぶ濡れの服なんて気にもしてないように笑いなが言った。
「またねー!」
いつものように手を振った。
ただいつもとは違った。
返事がない。
その代わりに
ベシャッ
雨音の中に重く湿った音が響いた。
なんの音だろう。
その答えはすぐ後ろに。
残酷にもはっきりと。
そこにあるのは
雨で濡れていた服は真っ赤に染まり、もう人の形をしていない君だった。
「会いたい」
結局送ってしまった。
でも今回はちゃんと有言実行するよ。
「今から君の所へ行くよ。」
送信。
ベシャッ
また雨音の中に重く湿った音が響いた。
秋色
教室の窓から見える空は
ついこの前まで 眩しすぎる青だったのに
今日は少しだけ オレンジが混ざっていた。
グラウンドに響いていた蝉の声は
気づけばもう途切れ途切れで
代わりに吹く風が 長袖を思い出させる。
夏休みの宿題に追われた日々も
友達と笑って過ごした放課後も
遠ざかっていくほど
少しだけ切なくなる。
だけど秋色の空は 不思議と優しくて
夏が終わる寂しさよりも
これから来る季節への期待を
胸の奥に灯してくれる。
ページをめくる
ページをめくる。
泣き声で始まった小さな命。
手のひらに収まるほどの温もりに、
すべてをかけて守りたいと思った。
ページをめくる。
よちよちと歩き出す足音。
初めて呼んだ「ママ」「パパ」の声に、
笑いながら涙があふれた。
ページをめくる。
ランドセルが背中には大きすぎて、
「行ってきます」と手を振る姿が、
誇らしくて、少し遠い。
そしてその言葉が増えるたびに、
ランドセルは少しずつ小さく見えていった。
ページをめくる。
制服の襟を正す仕草。
部活帰りの汗と夕暮れの匂い。
閉ざしたドアの向こうから響くため息。
小さな背中はもう、こちらを振り返らない。
それでも時折見せる笑顔に、
大人になる君と、まだ子どもの君が重なっていた。
ページをめくる。
そして、君はこの生まれ育った家を出ていく。
新たな一歩を踏み出すその朝、
「いってらっしゃい」と笑った声は、
ほんの少し震えていたかもしれない。
ページをめくる。
結婚式の日。
照れくさそうに立つ姿に、
もう子どもじゃないんだな、と胸が痛む。
でも同じくらい、心からうれしかった。
ページをめくる。
小さな産声がまた響く。
君の腕に抱かれて眠るその子は、
かつての君の面影を宿していた。
そしてまた新しい
ページをめくる。
見知らぬ街
「まもなく、〇〇です。」
しまった、寝過ごした、
そう思い慌てて見知らぬ街に降り立った。
今日の電車はもう終電だった。
今日だけじゃなく、終電に乗るのはいつもの事だ。
とりあえず今夜はどこかに泊まろう。宿泊できる場所を探すため静まり返った路地裏を歩くと、高い悲鳴が響く。
路地の奥で若い女性が複数の男に囲まれている。
「助けて…!」
反射的に駆け寄ったが、背後から鈍い衝撃。
視界が揺れ、地面に叩きつけられる。
冷たい刃が胸に迫り、血の匂いが鼻を刺す。
逃げようとしても路地はループし、泣き声が迫る。
「うわぁぁぁぁあああ!」
心臓が張り裂けるように痛んだ。
「ピピピピッ」
いつものアラームの音で目を覚ました。自分の部屋の天井。朝日が柔らかく差し込み、小鳥がさえずる。
「…なんだ夢か、」
心臓の鼓動が落ち着き、全身がふっと軽くなる。
台所に行くと、母が焼きたてのトーストを並べ、父が新聞を広げ、妹が制服の袖を整えている。
「寝坊しすぎよ」母の笑顔。
「またかよ」と父のからかい声。
妹のくすくす笑う声。
温かい湯気、香ばしいパン、家族の笑い声。
深く息を吸い込み、平穏な日常に包まれていることを心の底から感じた。
俺には夢があるんだ。
医者になりたい。そのために今日も大学へ行くんだ。勉強のため毎日終電帰りの日々もそのためなら全く苦ではなかった。
この先に広がるであろう自分の人生に心が踊るんだ。
全身に温かい光が流れ、昨日の悪夢は遠い記憶に変わった。
あれ?
味噌汁の湯気がいつもより冷たい気がする。
ふといつものパジャマに目をやると腹部のあたりに赤いシミが着いている。
「…ケチャップか?」
空気が、どこか静かすぎる。
外の鳥の声、遠くの自転車の音、全部が遠くに引っ張られるように聞こえる。
心の中で、小さな警告が膨らむ。
「……何かがおかしい」
父の新聞、いつの間に一面に目が行く。
文字が少しずつ、見覚えのある異様な形に見えてくる。
「昨夜、○○市路地裏で大学生が複数の男に襲われ死亡」
被害者の名前を見た瞬間、喉が詰まった。
文字は鮮やかに、確実に。
…俺の名前だ。
その瞬間、視界が歪む。
手のひらが冷たく硬直し、胸の奥から凍りつくような痛みが押し寄せた。
「逃げられない」
「まだ終わっていない」
息をしようとした瞬間、胸が締め付けられ、世界が遠ざかっていくように感じた。
「ようこそ…本当の見知らぬ街へ」