花灯

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見知らぬ街

「まもなく、〇〇です。」
しまった、寝過ごした、
そう思い慌てて見知らぬ街に降り立った。
今日の電車はもう終電だった。
今日だけじゃなく、終電に乗るのはいつもの事だ。
とりあえず今夜はどこかに泊まろう。宿泊できる場所を探すため静まり返った路地裏を歩くと、高い悲鳴が響く。
路地の奥で若い女性が複数の男に囲まれている。
「助けて…!」
反射的に駆け寄ったが、背後から鈍い衝撃。
視界が揺れ、地面に叩きつけられる。
冷たい刃が胸に迫り、血の匂いが鼻を刺す。
逃げようとしても路地はループし、泣き声が迫る。

「うわぁぁぁぁあああ!」

心臓が張り裂けるように痛んだ。


「ピピピピッ」

いつものアラームの音で目を覚ました。自分の部屋の天井。朝日が柔らかく差し込み、小鳥がさえずる。
「…なんだ夢か、」
心臓の鼓動が落ち着き、全身がふっと軽くなる。

台所に行くと、母が焼きたてのトーストを並べ、父が新聞を広げ、妹が制服の袖を整えている。
「寝坊しすぎよ」母の笑顔。
「またかよ」と父のからかい声。
妹のくすくす笑う声。

温かい湯気、香ばしいパン、家族の笑い声。
深く息を吸い込み、平穏な日常に包まれていることを心の底から感じた。

俺には夢があるんだ。
医者になりたい。そのために今日も大学へ行くんだ。勉強のため毎日終電帰りの日々もそのためなら全く苦ではなかった。
この先に広がるであろう自分の人生に心が踊るんだ。

全身に温かい光が流れ、昨日の悪夢は遠い記憶に変わった。

あれ?
味噌汁の湯気がいつもより冷たい気がする。

ふといつものパジャマに目をやると腹部のあたりに赤いシミが着いている。
「…ケチャップか?」

空気が、どこか静かすぎる。
外の鳥の声、遠くの自転車の音、全部が遠くに引っ張られるように聞こえる。
心の中で、小さな警告が膨らむ。

「……何かがおかしい」

父の新聞、いつの間に一面に目が行く。
文字が少しずつ、見覚えのある異様な形に見えてくる。
「昨夜、○○市路地裏で大学生が複数の男に襲われ死亡」

被害者の名前を見た瞬間、喉が詰まった。
文字は鮮やかに、確実に。
…俺の名前だ。

その瞬間、視界が歪む。
手のひらが冷たく硬直し、胸の奥から凍りつくような痛みが押し寄せた。

「逃げられない」
「まだ終わっていない」

息をしようとした瞬間、胸が締め付けられ、世界が遠ざかっていくように感じた。

「ようこそ…本当の見知らぬ街へ」

8/24/2025, 4:23:15 PM