目を凝らして見えるのは
木漏れ日の跡。
木々が覆い茂って
木漏れ日は年々面積を減らしていく。
少し前までは
ここも広く途方もない草原だった。
木が、花が、
草に負けじと苗や種をまいた。
細く折れそうな木が大樹へと、
踏み潰してしまいそうな小さな花が大輪へと
各々が大きくなっていった頃
もうそこは草原ではなく
ジャングルのようになっていた。
栄養も光も
全て大樹と大輪に吸われてしまった草は
大きくならずに枯れていった。
私はここの草原が大好きだった。
だから環境監察官として
ここにいるのに。
あくまで監察官なので
私ができることは
現状をノートに書き留めるだけ。
草を蘇らせることも
木や花を減らすこともできない。
悔しい気持ちはもちろんある。
無力な自分の立場が
死ぬほど恨めしいこともある。
でも自然の摂理だと割り切れなければ
ここでは生きていけない。
"Good Midnight!"
生きていくために
草原を大好きな景色を殺す。
もうこんな世界いらないと思うほど
頭を抱えてしまう世界だ。
パンケーキ。
甘くてさらっとした蜂蜜は
甘くないパンケーキの生地によく合う。
ナイフは利き手で、
フォークはその逆で持つ。
ナイフは簡単に入っていくけど
急いで切ってはいけない。
ゆっくり前後に動かして
最後に引いてそっとお皿から離す。
フォークはパンケーキを突きぬけて
カチンとお皿に当たらないよう
細心の注意を払う。
こうして口へと運ばれたパンケーキは
じゅわぁっと溶けて
甘い時間とぱさっとした時間を
作ってくれる。
"Good Midnight!"
パンケーキは週に2回まで。
私と私へささやかな約束を。
祈りの果てがここなら
私は喜んで魂を捧げましょう。
雲に不自然な穴が空いていて
そこから太陽の光が降り注ぐ。
ええ、まあ
少しいつもより違った空でした。
私は今の自分の立場が
ものすごく嫌で
願うことは叶わないわ、
嫌いな人はあげたいくらいできるわで
大変な思いをしてしまして。
私ももう諦めてるんですけどね。
性格が私に似た知らない誰かに
この世界から退場する前に
最後に願かけでもなんて
言われてしまいまして。
神社は家の近くになかったので
教会に…。
来たはいいものの、
祈る以外のやることが
わからなくてですね。
どうせ時間は有り余ってるしと
思いまして、
軽く3時間ほど
お祈りさせていただいたんですけど、
いや、目を疑いましたよ。
神様って本当にいるんだなって。
願い事を叶える?
代償に魂が欲しい?
私には願い事なんかございませんし、
魂なんかここに来る前まで
ゴミ箱に捨ててしまおうと思っていましたから
喜んで捧げれます。
世界や時間に果てがあるとしたら
祈りに果てがあるとしたら
私は神様、あなたに会えたこの瞬間が
最果てだと思いました。
"Good Midnight!"
ゴミ箱からすくい上げられた私の魂。
神様、あなたって方は
人を救ってくださる
神様みたいな神様だ。
少しの疑問や不断が
道をどんどん複雑に作り替えていく。
心の迷路に迷ってしまえば
もうおしまいだ。
最初は1本の道なのに
どんどん枝分かれしていく。
行き止まりもあるし、
罠もたくさんある。
たまにジャンプしたら越えられそうな
低い壁と
安全ロープ無しで登るのが怖いくらいの
高い壁がある。
低い壁は乗り越えるのが簡単だ。
でもその後の道は罠だらけで
針が無数に散りばめられている。
チクチクと刺してきて
痛くて痛くて
上手く呼吸ができなくなる。
高い壁は乗り越えるのが困難だ。
でもその後の道は何も無くて
深いため息をつくことも、
痛い思いをすることもない。
迷路なんだから
ゴールはあると思うかもしれない。
でもそれは違う。
いつの間にか戻っているんだ。
見覚えのある通り道を
また通ってしまう。
誰かに焦がれ憧れ、
しかし挫折した道を。
"Good Midnight!"
恋に焦がれ、
大きな存在に圧倒され絶望し、
また迷路は複雑に
しかし何処か単純になっていく。
ティーポットから
ふわっと香るのは
いつもの湯加減の
いつもの紅茶。
真夜中に映える真夜中の紅茶。
トトト…と注いでいくのは
持ち手が少し欠けたティーカップ。
揺らして混ぜてやると
月と星屑が紅茶に浮かんだ。
今日は月がありながら
星も綺麗なんだね。
なんとなく紅茶に話しかける。
最近は曇りやら雨やらで
星も月も久しく見ていなかった。
久々の月と星が紅茶越しでよかった。
今夜の紅茶はいつもより藍色が深くて
本物の夜空みたいだったから。
数口飲んで
あとは一気に飲み干した。
まろやかで品のある味。
でもどこか足りなくて
ぽっかりと穴の空いたような味。
"Good Midnight!"
あんまり文句は言っちゃあ不味いね。
ベッドに飛び込んで
身体を丸めて目を瞑る。
今日もいい真夜中だった。
明日もきっと。