遠くの空へ向かって叫ぶ。
ずっと今日が終わらない、
明日を始められない真夜中。
あんまり大声は出せないはずなのに
今日はなんだか心が軽やかで
スっと出てきてしまう。
私は夜がだーいすきだー!
蛍はもう見えない田んぼ周り。
夏が終わりかけてるって
やっぱりこういう所で感じちゃう。
夏が終わったら秋が来て、
冬が来て、春が来て、
また夏が来る。
秋は落ち葉が凄いだろうなぁとか、
今年の冬は雪が凄いかもなぁとか、
春は桜の花びらが
川一面に広がるんだろうなぁとか考えてたら
何となく涙が出てくる。
このまま今日が終わらないままで
明日を始められないままで
夏に閉じ込められてしまえば、
下を向いて歩いてる私でも
涙を誤魔化せるんじゃないか。
"Good Midnight!"
蛍がまだ飛び交う夏。
何故かここはまだ8月上旬。
スポットライトが私に当たる。
!マークじゃ足りない感情。
大きく息を吸って
身振り手振りも使いつつ、
本当に資金が足りなくて困っている
ギルドの案内人のように演技をする。
これといって印象に残るものがない
ただの演劇。
感情は込めれば込めるほど良くなると
言われるし、
衣装の細さは気に入っている。
だからやらないという選択肢は無い。
まあでも、
いつまで経っても緊張からは
逃れられない。
心臓は爆発しそうなくらい
鼓動が早くなるし、
冷や汗はたくさんかくし、
手も足も震えるし、
セリフ飛びそうになるし。
頭は常に真っ白。
劇が始まるまでは
ずっと失敗することを想像してしまう。
この劇で私はギルドの案内人の役。
平々凡々とした村で生まれた子が
村の中央にある剣を抜いてしまい、
何故か勇者となる。
さすがに一人で
魔王は倒せないと考えた勇者は
隣町の冒険者ギルドへ向かい、
ギルドマスターとして仲間を集め
魔王を倒しに行く。
しかし、
色んな物を換金出来る冒険者ギルドへ
勇者は珍しい代物をたくさん売りつけに行く。
そこで換金に
少し困って対応しているのが私の役。
ギルドの案内人は
勇者が換金しに行った時に
毎回代わってるし、
私の役はほとんど無いのだけどね。
"Good Midnight!"
いつか緊張を解せた時は
目一杯演劇を楽しもうと
ガタガタ震える手を握りしめて。
君が見た景色を
私も見たい、そう思った。
そしたら君は意地悪に笑って
ここへ連れて来たんだ。
そう、バンジー。
ニコニコしながら
いつの間にか私にハーネスを付けてて
もうバンジージャンプするしかない状況に
なってしまっていた。
踏み出す勇気が中々出ない中、
君は私の背中をドンッと押して
普通に泣きながらバンジージャンプをした。
でも、君がなんでここに来たかはわかった。
目を擦って見たのは
透き通る川の水と
峡谷の間を沈んでいく夕日。
幸せで胸が溢れるって
こんな気持ちなのかなぁって。
君が見た景色って
こんなに幸せで
溢れてたんだなぁって。
"Good Midnight!"
今度は私の見た景色を
見せようと思って
君の写真に私が撮った景色の写真を
特等席で見せてあげた。
言葉にならないもの。
喉の奥でつっかえて
出てこないもの。
なんで理由を話せないのって
聞かれても、
どうしても言い表せないもの。
その事で泣かれて
話してと懇願されても
言えないもの。
部屋でひとりぼっち。
頭の中でずっとぐるぐるしてるもの。
不意に現れては私を混乱させるもの。
私を焦らすだけ焦らせて
1人になったら幾らかマシになるもの。
家族や友達によく聞かれてしまうもの。
あー、なんだか、
涙が溢れて止まらないもの。
暗くて痛くてもやもやしてて
辛くてしんどくて無くなって欲しいもの。
"Good Midnight!"
私をどうしても
1人にさせない醜い感情というもの。
暑かったから
家を飛び出して
山の途中にある公園のベンチで
座ってた。
そしたら急に
ポンデリングヘアの人が現れて
私にツナマヨのおにぎりを渡して
隣に座ってきた。
夏って暑いですよね。
その人は
びっくりするぐらい普通に話しかけてきた。
日中も夕方もこう暑いと、
人って自然と夜更かししたくなるんですかね。
最近「夜の鳥」をご利用くださる
お客様が増えてるんです。
突然始まる相談事のような話。
はぁ。
「夜の鳥」は行き先が気まぐれの
迷子列車のことだろう。
初回のお客様には
枕をプレゼントしてるんですが、
その枕が大好評で、
特に硬さが最高の夜更かし枕が
一番の人気なんです。
自慢話だったか…?
はぁ。
でも枕はこちらで作ってるものでして、
人手が足りなくなってきてるんですよ。
そこで、です。
あなた、最近眠れないですよね?
夜更かししようと思ってないのに
布団に入って目を閉じても
2、3時間と起きてしまっていますよね。
その時間、
良ければ枕作りに使いませんか?
求人募集の話だったか。
はぁ。
でもほんとに当たってる。
夜眠れない。
最初は目を瞑る間頑張って耐えた。
けどだんだん怖くなってきた。
眠れない、夢を見るのが怖い、
明日が怖い、布団が怖い。
焦りと恐怖で
毎日生きた心地がしなかった。
丁度いい。
ここじゃないどこかへ
一瞬でも行けるチャンス。
やります、枕作り。
言い終わった直後、
ポンデリングヘアの人の服装は
列車の運転手の制服になっていた。
そして木々しか無かったはずの目の前には
迷子列車、「夜の鳥」が止まっていた。
"Good Midnight!"
導かれて列車に乗り
ここじゃないどこかへ行って
初回のお客様へのプレゼントを
たくさん作った。
そんな真夏の記憶。