初めて乗る「深海のクジラ」。
夜の海を漂うだけの
ただの船なはずなのに
乗った人はみんな口を揃えて
寄り添ってくれる憩いの場だと言う。
何艘か行き先の違う船があって
過去行きや未来行きなど
他にも沢山、
記憶の海を頼りに船を変えるので
毎日出港する船が違う。
私が乗ったのはなんだったかな…。
窓の外は真っ暗な大海原。
これは外の時間も窓ガラスも関係していない、
記憶の海のせい。
存在する全ての生き物の
記憶を持つ特別な海。
それを眺めるためにあるのが
「深海のクジラ」なのだ。
私はそんな船にも海にも興味が湧いた。
眠くても夜更かしをした。
何か見えるものがあった気がして。
窓の外に朝日が昇る。
すると海には
ニコニコ笑う少女が映っていた。
ああ、
私の乗った船は過去行きだったみたい。
ないものねだりな私は
無意識に1番幸せだった頃の
幸せが欲しいと思ってしまっていて。
海をかき混ぜて消したくなるくらい
私は笑っていた。
"Good Midnight!"
ドーナツの真ん中に
ぽっかりと空いた穴を食べたくて
ずっと眺めてた。
みんな普通に食べていく。
ただ君だけは
私の前に座って
ドーナツの穴の食べ方を教えてくれた。
ドーナツの穴の周りを
ぐるっと食べると
最後に穴だけ残って食べれるよ、と。
それからなんとなく価値観が合ってて
好きな物も似てて
嫌いな物や行動も同じだから
一緒にいてしんどくないから
よく二人で行動した。
映画で泣けないくせに
どこにでもある小説で泣けちゃう所も、
朝起きたら枕がベッドから落ちてて
寝相と寝起きの機嫌が悪い所も、
ゲームも勉強も習い事も
中途半端に始めて
中途半端な上達具合で
なんにも無くなっちゃったって感じる所も、
全部全部
私と君は似ていた。
だからこそ
私は離れたかった。
気持ち悪かった。
ドッペルゲンガーみたいで
気味が悪かった。
それでも離れられない。
気づけば一緒にいて、
ご飯も食べていて、
横に君が居ないという空間が
意識できないというか。
"Good Midnight!"
友達ができないと、
ひとりぼっちで過ごす人が多い。
けどある人は
子どもの頃から
イマジナリーフレンドと
過ごしていたんだとか。
1人で話していたんだとか。
未来への船は
まもなく出港いたします。
お乗りの際は
お足元に隙間や水たまりがございますので、
ご注意ください。
プーーッ。
.......ジーッ、...ザザッ。
皆さん、こんばんは。
本日は未来行きの船、
「深海のクジラ」をご利用くださり
誠にありがとうございます。
こちらの船は、
この先が不安なお客様を乗せ、
夜の海を漂う
寄り添いの船となっております。
行き先は1週間後かもしれませんし、
1ヶ月後かもしれませんので、
迷子船ともいわれております。
皆さんの船内にあるベッドに座って
どうぞごゆっくり
皆さんの未来をお楽しみください。
初めてご利用の方もいらっしゃいますので、
少しだけ等船のことを説明いたします。
まず窓を見ていただきますと
暗い暗い大海原がご覧いただけるかと思います。
これが皆さんの未来です。
真っ暗でどこに何があるのか
さっぱりわかりませんよね?
ご安心ください。
等船に乗っていれば
だんだん朝日が昇ってきて
外が見えるようになります。
しかし日が昇る時間には個人差がございます。
その間はごゆっくりおくつろぎください。
朝日が昇りますと、
外が見えて等船を下船できるようになります。
もちろん船酔いで
今すぐ降りたい!という方が
いらっしゃいましたら、
下船されることも可能でございます。
船の広さは皆さんのご想像次第。
それでは皆さんの未来に光と幸あれ。
Good Midnight!。
...プツンッ。
土曜は静かなる森へ。
私の村での暗黙のルール。
毎週土曜にキツネのお面をつけて
森へ行かなければいけない。
2時間ほど散歩して
帰ってくるだけでいいのだけど、
その間キツネのお面は
絶対に外しちゃいけない。
狐に似た人がその森にはいて
村に流れる水を清めてくれたり
よく自然災害から守ってくれる。
でも寂しがり屋で
土曜は特に寂しい日なんだとか。
だからキツネのお面をつけるんだけど、
森に入れるのはお面をつけて
狐に似た人が狐だと思うからで
外したら人間ってことがわかっちゃうから
食べられると。
信じてない人なんか
この村にはいない。
すでに20人以上も食われてるから。
そして私は今
お面を外してしまった。
いや、外されてしまった。
ほーら、やっぱりや。
私こんな子ども騙しに
騙されるわけないんよ!
肉眼で見た狐に似た人は
温厚でとても私を今から食べそうな人には
見えなかった。
私、人は食べへんよ!
誰かが私になりすまして
人食べてるみたいなんよ。
ちょいとお姉さん手伝ってくれへん?
私はどこかで暗黙のルールを
信じていなかったのかもしれない。
想像通りのおっとりとした
真っ赤な着物を着た
本当に狐に似ている人。
いいですよ、と
小さな声で私は答えた。
"Good Midnight!"
最後に見たのは
ありがとさん!と
狐に似た人が笑っている顔だった。
私の背中は食いちぎられ
静かなる森に
真っ赤な血の海が広がっていった。
つるっとすすり飲み込んだ
ミートソースパスタ。
ぐるぐるフォークを回して
またパスタを持ち上げて口に運ぶ。
食事と会話は一緒。
話しかけたらフォークを刺してるし、
話しかけられたら答えるために
口を開いて食べる。
あれ?って思って噛み合わなかった時は
飲み込んで隠して会話を続ける。
嫌いな食べ物があっても
飲み込んだらもう私になる。
そうやって蓄積した嫌いな食べ物が
私自身を嫌いにさせる。
目にも髪にも爪にも皮膚にも
あの想像するだけでも吐き気がする
嫌いな食べ物が分解されて
使われてると考えるだけで。
歯に詰まった食べ物は
飲み込みきれなかった引っかかったもの。
放ってほいて
飲み込んでしまえればよかったのに
いやチガウ、向こうがチガウなんて
引っかかっるから。
おえって吐いちゃうのは
本当に考え方が違った時。
どうやっても分かり合えない時だけ。
"Good Midnight!"
いつか歯に詰まることも
吐くこともなくなる。
パスタ以外のものも食べれるようになる。
キットそうなるから、
今はまだオモウママ夢を描け。