飛行用バイクを使う時に
いつも見ていた地図が
ついこの間強風で破れた。
その事を話したら
また地図が支給されるんだけど、
新しい地図は全く役に立たなかった。
そもそも書いてることが全部嘘だった。
その地図では
迷子列車の駅は地中に、
白雲峠は大海原にあった。
私が知ってるところは
ちゃんと違うってわかるんだけど、
知らないところに行く時は
本当に困った。
現地で人に道を尋ねるという
ここら辺では珍しいことをした。
しかもこの地図は
毎日毎日書いてることが変わる。
今度は白雲峠が地中にあったりね。
元々方向音痴なのもあって
朝方に帰ることが多くなった。
文句を言いつけても
今はそれが一番高性能だとか何とか言われて
替えて貰えない。
これが上と下ってやつか。
下の私は上の言うことを聞かなきゃいけない。
上の言うことが真実であり事実であると
信じて疑ってはいけない。
どれだけクソみたいな地図を渡されてもね。
"Good Midnight!"
藍色のマフラーが風になびく。
日はだいぶ沈み、
夜が近づいていた。
今日は何時に帰れるんだろ。
そんなことを考えながら
冷たい空気の空を走った。
あのガラクタも
あの本もあの話も
全部好きだよってはっきり言えたら、
少しは楽になれたはずなのに。
好きなものを隠してるのは
苦しくは無いけど
言わなくてもいいことを言わなかったことぐらい
モヤモヤする。
声に出せば吐き出るかと思えば
一度我慢してしまうと
それが無くなることはなかった。
できるのは好きなことを好きなだけして
好きなものに囲まれること。
ある日は一日中アニメを、
またある日はお気に入りの本を
何回も読み返した。
私が忘れっぽいことを使えば
手っ取り早く楽になれたかもしれない。
日々の行動を増やしていけば、
行動しない日を減らしていけば、
私は自然と忘れていく。
けど使えない。
毎日我慢するから。
私の周りに人がいる限り、
口と耳がある限り。
"Good Midnight!"
世界が嫌なんじゃない。
恨んでもいない。
私自身が嫌で恨んでるだけ。
ただ、
鳥みたいに
羽を休めるために地面を歩いたり
うさぎみたいに
月で餅つきがしたい。
花より団子。
三色団子を歩きながら食べてたら
桜の花びらが引っ付いてきた。
団子は好きでも嫌いでもないけど
こう、食べ物に引っ付かれると
桜の木を折ってやりたい気持ちが
一瞬過ぎる。
まあ歩きながら食べてる私も悪いんだけど。
今日は気温は高いけど、
涼しい風が吹いてるから
花びらが散りやすいし舞いやすい。
桜の木はなるべく避けてたつもりだったけど
少し遠くに見えるのは
満開の桜の木。
しまった。
こないだ通った時は
まだツボミすら無かったから
油断してた。
せっかくの緑色の団子に
2、3枚の花びらがついてしまったので、
取って食べたが
また買い直して食べた。
結局は家で映画でも見ながら食べるのが
一番だったなぁって。
"Good Midnight!"
でも私は
なんだか不思議な気持ちに陥った。
桜の花びらは
散って風吹になるけど
また花として咲くことはなくて
一つ一つの花が消えていくのを
人は綺麗と言って。
君と約束をしたあの日、
ジメジメと暑く
半袖が丁度いいくらいの頃だった。
君と私、
2人の少女は駄菓子屋で涼んでいた。
ふと、
君がポケットをゴソゴソとした。
この前トランシーバーを買ったからと
1つ私にくれた。
糸電話みたいで楽しくて
ずっと遊んでた。
帰り際に君はこう言った。
もし歳をとって
君も私もトランシーバーのことを忘れたら
どっちかが思い出した時コールしよう。
それで、今日みたいに報告ごっこしよ。
少し小さな小指を揺らして
指切りげんまんをした。
あれから数年経ったけど
私はついさっきまですっかり忘れていた。
覚えることが山積みで
トランシーバーどころじゃなかったんだろう。
君が出てくれるかわからないけど
コールしてみることにした。
もちろん約束を守って。
"Good Midnight!"
こちら、白雲峠より旅に出た者です。
状況報告します。
星が降っています。
いい夜です。
話す内容はスラスラと出てきた。
しかし返事が返ってくることはなかった。
君は今どこで何をしてて
約束の記憶とトランシーバを
どこへやったのだろう。
夕焼けが綺麗な日。
風が冷たくて
すきま風みたいなのが鬱陶しかった。
すると突然大雨。
1日中晴れ、暖かくなるでしょう。とか
ニュースは言ってたけど
嘘ばっかり。
空に向かって叫んだ。
晴れるって言ったじゃん!
雨は好きだけど
濡れるのは好きじゃない。
色んな感情が入り混じって
涙として出し切る頃には、
雨が病んでた。
止んでたんじゃなくて、病んでた。
台風みたいにぐるぐる渦巻いて
人の負の感情を吸い取って
降らせてきた。
どうせ私なんて…。
あと一歩前に出てたら…。
叶わなかった…。
雨粒に当たる度に
そんな声が聞こえてきて
耳を塞いでも鳴り止まない。
私は膝から崩れ落ちた。
気分転換に外に出てこいと母に言われて
サンドイッチを持って
ちょっと遠くまで歩いただけなのに。
"Good Midnight!"
傘を持ってなかったから
止むまでの数十分雨に打たれ続けた。
服も髪もびしょ濡れ、
母に心配されるかと身構えると
なんで笑ってるのって聞かれた。
鏡を見ると
偽物の笑顔が張り付いてた。