視力が悪くなった。
メガネのレンズは分厚くなり、
日常生活には支障出まくりで
メガネを探すメガネがいるほどだった。
私は耳も悪い。
甲高い声の人じゃなくても、
よく耳の奥が震えて
声が聞こえなくなることがある。
記憶力も悪い。
メモ帳に書いて手に持っておいても
いつの間にか無くなっていて、
どこかに置いたのか
それすらも分からなくて、
手に書こうとしたら
ペンを置いてる場所を忘れて、
やっとペンを見つけたと思ったら
何を書こうとしたのか忘れて。
理解力は皆無だ。
いつも相手と話がズレていて、
何を言っているのか分からない。
棚、机、電気など
単語が出てこず、
全然話せない。
コミュニケーションをとる方法が無くなった私は、
毎日ゲームをしていた。
そのゲームにどハマりし、
視力は更に悪くなった。
でも、
視力が潰れても
命が燃え尽きるまでゲームしていたいって思った。
漫画、ゲーム、アニメ。
三種の神器に沼った私は
ちょっと前に読み出した漫画の一言を
毎晩寝る前に呟いている。
"Good Midnight!"
このままズブズブと
ダメ人間になっていってもいいのだろうかと
たまに思うが、
その時はその時に考えればいい。
未来の自分に
全て押し付けるバカみたいだけど、
今が楽しければいいかな。
午前4時半。
夜明け前で、
瑠璃色の空が1番綺麗に見える。
外をふらつくんだけど
まだ寝てる人とか、
起きてるけど外出ない人とかばっかりで、
この時間は
世界を独り占めしてる感じがして、
すごく好きだ。
夏はまだ暑いし、
冬も寒い。
けど
目的を持たずに出かけるって行動に
意味があると思ってる。
川沿い歩いて、
コンビニでからあげクンとミルクティーを買って、
食べながら
今度は線路沿い歩いて、
たまに来る電車の音と風が
スゥーっと吹き抜けていくのが堪んない。
今この瞬間は
どんなことも私には関係なくて。
イヤホンが片方落ちて
地面に目をやると
隣に新聞紙が落ちてた。
その表紙が魅力的で
イヤホンを拾ってすぐ調べた。
同じ表紙の画像がいくつか出てきたけど
1番心惹かれたのは
"Good Midnight!"
かな。
なんかこの瑠璃色の空に似合う言葉だなぁと
呑気に空を見上げる私は
今日もいい気分で家に帰る。
あの白い屋根の家へ。
恋愛アニメを見るのが日課。
恋愛シュミレーションゲームは好きじゃない。
攻略、という言葉がそもそも嫌いだった。
私は「地味だが感じのいい人」とよく言われる。
たしかに私はスタイルが言い訳でも、
顔が可愛い訳でもなく、
世界中探したら5人ほど
そっくりな人が見つかるだろうという、
どこにでもいそうな人なのだ。
そんな私は今日も恋愛アニメを見る。
「斜め45度の本気の恋」。
配信開始から1ヶ月で膨大な人気を得た、
話題のアニメだ。
ある日主人公は
前髪が長く、根暗な男子生徒の顔を見て、
一目惚れしてしまう。
いわゆる隠れイケメンというやつだ。
しかし主人公は
絶望的に鈍臭く、
アピールが斜め45度を行き、
毎回失敗してしまう。
だが、そんな主人公の
元ヤンという過去を知って、
ギャップに弱い男子生徒は…
みたいな話だ。
主人公と男子生徒のカプ以外にも
他の登場人物のカプがいくつか存在し、
中々面白い。
大満足なアニメだった。
自分が恋愛とかは考えられないし、
したいとも思わないが、
素敵だと感じたのは事実。
"Good Midnight!"
という言葉が好きだった
あの頃の小さな私に
神アニメに出会えることを楽しみにしてな
と、
肩を叩いた。
ブチ柄のカレンダー。
あの夏祭りの日から
私の月日は止まったままだ。
いつまでも幼く
花火を見てる。
りんご飴をかじる音が人声にかき消された
賑やかなお祭りだった。
私は人酔いしやすかったので、
端っこに座ってばかりだった。
しかも私は目が悪い。
3年ほど前から急に見えにくくなったのだ。
メガネが無いと人にぶつかってしまう。
ヨーヨーを手首にぶら下げた友達を横目に
ずっとりんご飴をかじってた。
目の前でドカーンッと大きな花が
夜空に咲いたが、
終わる頃には
私の世界から光が無くなっていた。
目が見えない。
真っ暗で孤独。
さっきまであんなに明るかったのに。
それからどうやって家に帰ったかも、
どうやって今まで生活したかも
全然わからない。
"Good Midnight!"
と、
眠ってから
今も見るのはあの日の夢。
花火が光っていて、
人の声と屋台の匂い。
りんご飴の味。
全てが鮮明に思い出せてしまう。
もう一度光を見たいとは思わない。
五感の1つを失ったって、
あと四つも残っているのだから。
人生は簡単に終わらない。
こんなところで終わったら
もったいない。
もっと楽しんでいこう。
私の左腕には大きな火傷がある。
これは父に熱湯をかけられて出来たものだ。
父は暴力を振るう人だった。
何も言わず殴られ続ける母。
泣いてるだけの妹。
私がどうにかするしかないと思って
間に入って
私も殴られて。
これで2人を守れてると思ってた。
自分のことなどどうでもよかった。
ある日
怒りが頂点に達したのか
父が声を荒らげ、
パスタを作ろうと
コンロで沸かしていた熱湯を
私にかけた。
その夜、
母は部屋で首を吊っていた。
次の日の朝、
私が起きる前に
父が酒を飲んで暴れたようで、
妹の胸に持ち手のギリギリまで刺さったナイフを見た。
その時の喪失感は言い表せないものだった。
くだっとしている妹の手を握る。
当然だが、氷のように冷たい。
何も守れてなかった。
守ってるつもりだっただけで
私のしたことは
全て無意味だったのだ。
家を飛び出し、
嬉しそうにしている通行人の
持っていたものをひったくった。
もうどうでもいい。
中身は漫画だった。
内容は覚えていないが
最初のページの一言が印象的だった。
どんな意味か知らないままなのは
少しもったいないような気もするが
まあいい。
私は廃墟の屋上にいた。
今頃父は家に帰って私がいないことに気づくだろう。
でも関係ない。
フェンスを越え、
肌寒い風を感じる。
遅れてごめん。
今から行くね。
飛び降りようとした時、
あの一言はこういう時に言うんじゃないのかと思い、
踏みとどまる。
深呼吸をして
"Good Midnight!"
と、大声で叫ぶ。
来世は家族で幸せに暮らせますように。