私の命の恩人は、耳が聞こえなかった。
私の家族は
どこにでもいるような普通の家族だった。
けど、
肌寒さが微妙で
鬱陶しかったあの日、
家族はバラバラになった。
父も母も姉も
事故で亡くした私に
残ったものなんて何も無かった。
親戚の中でも
私を引き取ってくれる人はいなかった。
だから歩いた。
何日も飲まず食わずで
ひたすら歩いた。
誰か、
神様みたいな人が
私を助けてくれると信じて。
そして本当に神様みたいな人が
助けてくれた。
何不自由無い生活を送らせてくれた。
でもその人は耳が聞こえなかった。
昔は聞こえたらしいけど、
年をとると共に
キレイさっぱり
聞こえなくなったみたい。
手話を習い始めて
最初はぎこちなかったけど、
話せるようになってきて
すごく嬉しかった。
そんなある日、
その人が倒れた。
入院して今日で半年。
ずっと目を覚まさないまま。
私はまた目の前で家族を亡くすのか。
また何も出来ずに終わるのか。と
沢山泣いた。
毎晩泣いた。
数日経った時、
夜中の2時49分
容態が急変した。
その人は死に際に
1度だけ目を覚まして
口を動かした。
声は出ていなかったけど、
拾ってくれた時から
ずっと手話で話していた
あの大好きな漫画の一言のことだろう。
たしか、
"Good Midnight!"
だったっけな。
あなたは一体どれほどの物を
私にくれるんだろう。
熱い涙が頬を伝った。
言葉はいらない、ただ…
続くとは限らない毎日、
目の前で死にゆく人を見る気持ち、
それも大事で
記憶に残さなければならない物なんだって、
人生はここで終わんないって。
たしか、出会いは8月頃でしたね。
すごい暑い日でした。
私がコンビニにアイスを買いに行った帰りに
家と家の隙間から
ひょこっと顔を出した黒猫の君。
オッドアイで
珍しい子だなと思っていました。
首輪などは見当たらず、
野良猫のようでした。
他の猫にでもやられたのでしょうか。
傷だらけで
弱っていました。
可哀想だったので、
動物病院へ連れていきました。
命に別状はないとのことで
安心して
すごく大きな声で
よかったぁ〜と、
言ってしまいました。
もしかしたら飼い主がいるかもしれないので、
元いた場所に放しました。
1ヶ月ほど経った頃の
突然の君の訪問は
驚きましたよ。
お礼のつもりなのでしょうか。
ネズミをくわえて
にゃあ
と、
可愛い声を聞かせてくれましたね。
でも私はネズミが苦手なので
悲鳴を上げて逃げてしまいました。
あの時はすみません。
後から謝ることはいくらでもできますが、
実体がなくなってから
謝ることになってしまった
私を許してとまでは言いませんが、
どうか恨まないでほしいです。
真夜中に空へ逝ってしまった君には
この言葉が1番いいと思います。
私の大好きな漫画の一言です。
"Good Midnight!"
永遠におやすみなさい。
大好きですよ。
今も、これからも、ずっと。
夜、変な時間に起きてしまった。
雨が降ってるようで
ザーという音が気になって眠れない。
仕方ないので
ベッドから起き上がって、
お気に入りの藍色のソファに腰を下ろす。
猫がお茶会を開いている絵画は
いつ見ても心が落ち着くなぁと、
甘すぎるぐらいの抹茶を飲んだ。
私の家は
窓が多い。
だから外もよく見える。
だんだん強く、
カーテンのように降る雨を
15分ほど見つめていた時だった。
長いマフラーが目に映り、
その少年を見つけた。
片足は義足だろうか。
木でできている。
傘もささずに雨に佇む姿は
堂々としていて、
羨ましい限りだった。
でもこんな時間になぜ外に?と
30秒ほど見つめてようやく疑問が湧いた。
視線に気づいたのか、
少年はこちらを見て
口を動かしていた。
何か言っているように見えるが、
雨の音で聞こえない。
少年はにこやかに微笑み
そのままどこかへ行ってしまった。
はっとした。
あの笑顔を
どこかで見たことがあると思った。
急いで本を引っ張り出した。
この子だ。
この子が一番最初に話した言葉。
私が大好きな漫画の一言。
"Good Midnight!"
そう言ってたのか。
気づいたらベッドの上だった。
なんだ、夢か。
少し寂しい気持ちになった。
外は晴れていて
水たまりをキラキラと光らせていた。
私はクロミちゃんのグッズを集めるのが好きだ。
でも私の家は田舎にあるので、
お店にあるのは
歯ブラシスタンドや
ヘアクリップなど
私があまり使わないものばかりだ。
今日は本屋さんに
大好きな漫画の発売日だから、それを買いにきた。
レジに行こうと少し歩いたところに、
クロミちゃんが目に映った。
日記帳の表紙に
大きく描かれたクロミちゃんは
すごく可愛くて
思わず漫画と一緒に買ってしまった。
帰る途中、
私は飽き性で日記を書き続けられたことが
ないことを思い出した。
しまったなぁと少し後悔したけど、
これも何かの縁だと思うことにして、
久しぶりに日記を書いてみようと
家のドアを開けた。
せっかくだから、
日記を書き続けたいと思えることを書きたいと思い、
15分ほど考えた結果、
毎日の不安、怒り、悲しみ、嫉妬など
表に出したくないネガティブなことを書いた。
そしたら気持ちが楽になって、
ずっと書いていたい。
自分を隠していたいと
ちょっと違う方向へ向かってしまった。
だから、ポジティブなこともたまに書いた。
そしたら日記帳が
私の全部になった。
自分はどうしたいんだろうと悩んでる時、
日記を見返したら気持ちが固まった。
そんなことがよくあるようになった。
今も私の日記帳は
カバンに入れて持ち歩いている。
日記の最後の文には
私と日記帳を出会わせてくれた
大好きな漫画の一言をいつも書いている。
"Good Midnight!"
ネガティブになる日があれば、
ポジティブになる日もいるよね、と、
夕焼けを見ながら心の中で囁いた。
個性的な雑貨屋さんに入った。
道に迷った時に偶然見つけた
秘密基地みたいなところ。
中に入ると少しひんやりしていて
天井の装飾たちが出迎えた。
絵画はどこか懐かしい風車の絵だった。
売ってるものはどれも
見たことがないものばかり。
小さなカフェがすみっこにあって、
丁度小腹が空いていたし、
ケーキでも食べようとメニューを開いた。
フクロウに似た店員さんに
カラフルなモンブランを注文し、
テーブル席へ歩いた。
黒猫の置物があったので
向かい合わせに座った。
モンブランを食べてる間、
置物が
何も言わずに待っていてくれている様に思えて
少し嬉しくなった。
店員さんに会釈をして
店を出ようとした時、
"Good Midnight!"
と、店員さんが言った。
話す言葉もオシャレな人だなぁと思った。
外に出ると、
辺りはもう暗くなっていた。
明日も
もう少しだけ頑張ってみよう
と、
フクロウと猫の声を聞きながら
白い屋根の家へ帰った。