1つだけ
今、1つだけ願いが叶うとしたら。
私は過去に戻りたい。
貴方と出会ったあの時に戻って、無邪気に貴方を好きでいられたあの頃で生きたい。
貴方の行動一つにドキドキして、貴方の言葉一つで気持ちが浮き沈みして。
ただ見ているだけで、側にいられるだけで幸せだったあの時に。
そうすれば、私はきっと貴方と離れる事を選んだりしない。
貴方の気持ちが私から離れないように、ずっと側に。
ああ、私と貴方は、いつからすれ違ってしまったのだろう。
いつから、貴方の気持ちは違う人に向いてしまったのだろう。
私は、何故そんな貴方を止めることもせず、距離をおいてしまったのだろう。
貴方が。
私が。
どちらが先に、手を離してしまったの?
それとも、初めから私の片想いだったのかな?
そんな風に、私は過去に囚われている。
だから、1つでいい。願いを叶えて。
了
大切なもの
私には大切なものがある。
それはとても小さくて、守らないといけないもの。
私の中で育つ、小さな小さな命。
この子のためになる事は何でもしたい。
この子のために、私は私自身も大切にしないと。
私は想像する。
私似かな?あの人似かな?
どんな服が似合うかな?
どんな、毎日になるのだろう。
楽しみで、楽しみで、不安で、楽しみ。
だって何もかもが初めてだから。
初めてのお母さん。
初めての小さな命。
大丈夫、守るから。
元気でこの世界に産まれてきてね。
待ってるよ。
了
幸せに
幸せになって。
最後に貴方は言ったよね。
でも私は幸せになれない。だって、ここに貴方はいないから。
私の側に居てくれないから。
私は貴方がいれば幸せだったのに。
貴方さえいればそれで良かったのに。
どうして、貴方は私じゃダメだったんだろう。
貴方が忘れていった、貴方の思い出を見つめる。
幸せだったのは私だけなのね。
私では貴方を幸せに出来なかった。
その事実が今は辛い。
悲しい。
辛い。
悲しい。
寂しい。
涙はあふれて止まらず、貴方との思い出もあふれて止まらず。
私はただ、悲しみに流されるまま取り残されている。
でも、貴方はどうか幸せに。
思い出は私が引き取るから。
例え貴方が忘れても。
幸せに。
了
何気ないふり
椅子に座り本を読む貴方を見る。
貴方は物語の中に入り込んでいるのか、私の視線にも気付かない。
コポコポ。
サイフォンが音を立て、コーヒーの良い香りが部屋にただよいだしても、貴方は本から顔を上げない。
そんなに面白いのかな?
私は気になって、まだ熱い2つのマグカップを持って、貴方の目の前に座る。
「どうぞ、まだ熱いけど」
「うん。ありがとう」
ねぇ、今日はせっかくの休みなのに。外も、いい天気なのに。
―――私が、ここにいるのに。
コーヒーを飲みながら、じーっと貴方の表情を見る。
じーっと。
じーっと。
そのうち、貴方の耳が赤くなってくるのを見つけてしまった。
「ちょっと、そんなに見られたら照れる!」
なぁんだ、何気ないふりしながら私の事、気にしてたんだ。
「だって構ってくれないから」
わざとふくれて文句を言うと、貴方は分かったからと言って、本にしおりを挟んだ。
「コーヒー飲んだら、散歩行こうか」
貴方の提案に、私は笑顔で了承した。
了
ハッピーエンド
私はハッピーエンドが嫌いだ。
だって私には縁遠いものだから。
私は、好きになった人に好きになってもらったことが無い。つまり、両想いになった事がない。
どんなに心を尽くしても、どんなに好みに近付こうとしても、いつも私じゃない誰かに取られ―――
「……何書いてんの?」
「ひゃあ!ちょ、ちょっと急に後ろから覗かないでよっ!」
「何々?……『私は、好きになった人に―――』」
「ギャー!声に出して読まないで!!」
「どゆこと?俺と君って、両想いじゃなかったってこと?」
「ちっ、ちがうの!これは創作で―――つまり、小説っ!小説書いてるの!」
「なんだ……びっくりした。俺、振られるのかとおもったし」
「そんなわけないよ!私が好きなのは……貴方なんだからさ」
「うん、安心した」
「もう……次は声かけてよね」
「はーい」
彼は、後ろから私をギュッと抱きしめた。目の前に回された左手の薬指に、白銀の光が見えた。同じものが、私の左手薬指にある。
そう、私達は―――ハッピーエンドの二人なのだから。
了