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12/20/2024, 11:06:28 AM

ベルの音

ベルの音響き渡るクリスマス・イブの教会

ウェディング・ベルからかわないでよ
ウェディング・ベル本気だったのよ
ウェディング・ベルウェディング・ベル

オルガンの音が静かに流れて
「はじまる、はじまる」
お嫁さんが私の横を過ぎる
「ドレスが綺麗」  
この人ねあなたの愛した人は
「はじめて見たわ」
私の方がちょっと綺麗みたい
「ずっとずっと綺麗みたい」

そうよあなたと腕を組んで祭壇に
上がる夢を見ていた私を
何故なの教会の一番後ろの席に
ひとりぼっちで座らせておいて
二人の幸せ見せるなんて
ひとこと言ってもいいかな

「くたばっちまえ」アーメン

「ウェディング・ベル」  作詞 古田喜昭

懐かしい曲なのだが、お題の「ベルの音」で閃いて歌詞検索、今日はこれで行こうと決めてはじめて知った、作詞男性なんだぁ、随分女心を突いて一周回ってブラックジョークになってる面白い歌詞、男性だから女性のちょっと僻んだ気持ちのヤケクソ意地悪も可愛く描けますね。
やっぱり、違った視点は必要と気づく。同性質だと嫌なところがことさら目立って嫌いになるのね、ドラマのレビューサイトなんかでも、嫌い嫌いと直ぐ書いてあるけどきっとご自分見ているような気分になるのかしらねぇと思うもの。それから、書いちゃったからもうひとつ、よく、書いた文章をブラックジョークですとか説明してるの凄く無粋だなぁと思います、種明かししながら手品するみたいな(笑)ブラックジョークかどうかは読んだ方がこれはブラックジョークだなと判断することで、書いた方が「ブラックジョークでした」って書いたら馬鹿みたいで子供っぽい。あと、優しさとか賢さは他人が評する言葉で、自分や自分の子や親身内に使うと値打ち下がるわ、そういうのは、具体的エピソードを書いて、読んだ人が優しい子だとか賢い子だとか判断する言葉だろうに。

プロの作家先生じゃなくて素人の文章って本当に勉強になると思う今日此頃です、ありがとう御座います。

キーンコーンカーンコーン♪ キーンコーンカーンコーン♪

本日も 授業終了のベルの音が鳴りました。

「起立、礼」

「ありがとうございました」


令和6年12月20日 

               心幸 

12/19/2024, 11:45:28 AM

寂しさ

あなたは寂しさを隠した人だわ、いや、自分の寂しさに気づけない人かしら、何が1番寂しさを表しているかってね、人に差した人差し指を自分に向けることが出来ずに闇雲に人を批判するところよ、「いなくなればいい」なんて人に対して使う言葉じゃないわ、あなたがどんなに優しくありたいと願ってもそんなんじゃ叶わないわよ、正しくもないんじゃないの?それこそブーメランあなたの頭に刺さってるわよ(笑)たかだか自分と意見が違うくらいで、どんな資格があなたにあるのか知らないけれど、「いなくなればいい」って民主主義全否定よ。自分と違う意見に「抵抗勢力、抵抗勢力」って反論もせずにレッテルだけ貼って断罪してる幼稚な人みたいよ(笑)

論評には論評で感想なら感想で戦いなさいな、負けるから、論点無視の無関係な攻撃って駄々っ子みたいよ(笑)

「よくばりな犬」   イソップ物語

肉をくわえた犬が、橋を渡っていました。
ふと、下を見ると川の中にも肉をくわえた犬がいます。犬はそれを見て思いました。
あいつの肉の方が大きそうだ、犬は悔しくてたまりません。
そうだ、あいつを脅して、あの肉をとってやろう、俺様に逆らうなんて図々しいんだよ、思い知らせてやる、大きな肉をくわえて羨ましがられながら、この橋を渡っていたのは俺様が先だあんな、奴に先は越させない、行く手を塞いだあいつが悪者だ、俺様は被害者だから何をしても言っても正しいんだ。その犬と同じ様な少しは大きく見えるだろうか?それは、その犬の見た感想だけではないのだろうか?百万人くらいの統計とって言っているのだろうか?と言おうか、そんな最早意見でもない「あいつを消してやろう」「お前なんかいなくなれ」「その肉をよこせ」「私の前に立つな」てなことを思い巡らせた犬は川の中の犬に向かって、思い切り「ウゥ゙ー、ワン!!」と吠えつきました、その途端くわえていた肉がボチャンと川の中に落ちて川底深く沈んでしまいました、そうしてさっきまで川の中で自分より大きく見えていた肉をくわえて、その犬を睨んでいた犬の姿も消えたのでした。

次の瞬間「あぁー、あ」川の中には、がっかりした犬がこっちを向いて写っていました。

その犬は、一生懸命水面に写った自分の姿に吠えついたのでした。

夕飯を川底深く落とし魚の餌にしてしまった可哀想な犬は寂しさのあまりに「ワオーン」と月に向かって遠吠えをひとつして、トボトボと闇の中に消えて行きましたとさ。

あなた、このワンちゃんみたいよ(笑)

おしまい


令和6年12月19日 

               心幸 


12/18/2024, 11:17:14 AM

冬は一緒に

8月の君の誕生日
半袖と長袖のシャツを
プレゼントしたのは 
今年の冬もそれからもずっと
僕らが
一緒に過ごせるための
おまじない

冬がはじまるよ
ホラ、また僕の側で
すごく嬉しそうに
ビールを飲む横顔がイイね
沢山の君を
知ってるつもりだけど
これからも僕を
油断させないで

去年のクリスマスは
ケーキを売ってたけど
今年の僕には
コワイモノは何もない

冬がはじまるよ
大きな窓をあけて
星を眺める時は
僕のセーターを貸してあげる
二人がいつまでも
幸せでいるために
どうすればいいか
考えているから

冬がはじまるよ
ホラ、また僕の側で
小さなTVの中の
雪にはしゃぐ横顔がイイね
沢山の君を
知ってるつもりだけど
これからも僕を
油断させないで

「冬がはじまるよ」    作詞 槇原敬之

自分が寂しい独居暮らしのその日暮らしだからって、僻んじゃ駄目よ、そんなんだから、そんな風に子供っぽい純愛とか、独りに雁字搦めが純だとか思っていて、愛することを忘れているから独りなのよ、愛する人が愛した人があなたに寄せた想いを大事にするのが愛するってことじゃないかしらね(笑)「誰でも良かったのね」なんて僻まない僻まない。その僻みや執着や気持ちの悪いストーキングをやめると「寒い冬は一緒にいよう」って言ってくれる人がきっと見つかるから頑張って。

40年近く前に時計を戻して1986年のクリスマス確かにクリスマスケーキを売ってたけど、サンタの格好して、「キョンキョンみたい」と言われて調子に乗って寒い中頑張ってたわ、その最後のケーキを買った君と擦った揉んだがあり付き合って泣いて別れたのはもう38年前か、、そんなやらかしも何もかも受け入れてくれる人に巡り逢うまで、まだまだ間違う訳だけど間違ったから今が、あるから君に巡り逢えたから間違いを反省はするけど後悔はしないし、その時の添えなかった君も私の大切な一部で精一杯だった恋は恋で純愛よ、途切れた初恋も別れたメモリーグラスも失恋も全てが純愛よ一回一回本気だったから(笑)
だから、「頑張って」って、1986年のクリスマスこの時間ケーキを売っているだろう私を訪ずねて、そのケーキをひとつ買って笑いかけたい。

「冬も一緒に、いつもいつまでも」

令和6年12月18日

心幸


12/18/2024, 1:39:50 AM

とりとめもない話

とりとめもない話ししかないでしょう、こんな場所の投稿(笑)とりとめもない心をとりとめもなく話す、そんな場所があることの幸せを気づくべきよ。

馬鹿じゃないの、添えない恋も添えた恋も選んで添わなかった恋も選ばされて添わなかった恋も、選ばされて添った恋も、純愛なのよ、純愛だったと言えるように生きるの、ひとつひとつ本気でその今を生きる姿を他人様は見て純愛と
呼ぶのよ(笑)ジャックが最後に言った言葉覚えている?それを理解出来ていたら分かるはずだけどね、ローズはジャックに貰った人生を本気で笑うために生きた、彼女はジャックを忘れた訳じゃない、けれど人生のその時々を懸命に生きた、楽しんで生きた恋もして結婚もして子供にも恵まれた共に生きた人を心から愛しているジャックのように、それもやっぱり純愛と呼ぶのよ(笑)何故なら、それがジャックが最後に最愛の人に託した想いでジャックとローズの約束、ゆびきりげんまんだから。 あなたに操を捧げますも純愛かも知れないけど、あなたにと共に生きたかった時間を私は誰かと共に生きますあなたと共に生きたあの一瞬を忘れないためにって純愛もあるのよ。わかんないだろうね本気で生きたことのない人には、幸せな結婚をしていた人は、連れ合いを亡くすと、また別の共に生きる人が欲しいと思うの、何故なら共に生きる喜びを知っているから、それは誰でも良いというものではないの、ただ一人の唯一無二にしがみついて泣き暮らすことよりも、まだ若ければ自然にそうなるの、そうなることをきっと、その人を愛した人なら願うから、例えばあなたが亡くなった方なら、あなたは唯一無二の愛した人に、共に添えないあなたを想って泣き暮らして操を立てて欲しいですか?ジャックの願いは純愛ではないですか?よく考えましょうね、愛されるより愛することを(笑)


とりとめもない話 


令和6年12月17日

心幸

12/16/2024, 1:24:54 PM

風邪


きたかぜ小僧の貫太郎
今年も街までやって来たー
ヒューンヒューン
ヒュルルンルン
冬でござんすヒュルルンルン

みんなのうたで「キタカゼ小僧の貫太郎」が流れていた、コタツ虫がなにやら頬を赤らめてその漫画を目で追っている、猫のチャーちゃんがやって来て冷たい鼻先を掌にあてて入れてくれと突っつくいつもの仕草をするかと思ったら膝に上がってきて、顔をあげて両前足を胸の辺りでついて鼻の頭辺りをスンスンやって来た、うん?なんだ?と思いながら悪い気はしなくてチャーちゃんを撫でているけど、どうもさっきから喉が渇くようなイガイガしている、、なんだか寒くて丸まった背中を余計に丸めてコタツに潜り込もうとしたところで、後ろから背中を叩かれる、「風邪だよそら」ばあちゃんが梅昆布茶と風邪薬をテーブルに乗せた、「引き込む前に、気づかんか!」とボヤいてまた台所へ戻った、チャーちゃんはばあちゃんの足元について行った、ばあちゃんとチャーちゃんはテレパシーで会話が出来るようだった。

鼻をすすりながら、梅昆布茶と薬を飲んでその日は早く寝た。

風邪と猫とばあちゃんの想い出。


令和6年12月16日

心幸

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