渚雅

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7/22/2024, 11:04:24 AM

時折ふと、思い出す。
マジナ
思い出の中のあの人が残した呪いを



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快挙と呼ばれるような、未来の人類にとって偉大な出来事というものは、存外なんでもない日常の中で 傍から見ればくだらないとも思える動機によって成し遂げられることもある。

そして、あまたの人間が空想上の夢物語として願ったその機械 タイムマシーンも一人の人間の欲望によってのみ作られた。


「ようやく、やっと、やり直せる」

仰々しいしい機械の前で一人囁く人影。己がつくりあげたその機器を愛おしいものと重ねるように そっと触れる。

数年の歳月をかけ築きあげられたマシーンは決して完成品とは言い難い改善点ばかりのプロトタイプ。望んだ時代に行くことは出来ても帰ることは出来ない いわば使い切りの転移装置であった。

研究者やメカニックなら製品の安定性と品質の向上を強く要求したであろうその道具を、発明者であるその人物は躊躇いもなく起動させた。


「君以外に意味なんてないから」

その言葉は冷たい大理石に落ち、やがて動いていた機械も起動をやめ 静寂だけが誰もいない部屋の中に佇んでいた。

5/17/2024, 2:34:14 PM

逢魔が時はとうに過ぎ、かたわれ時は遥か先。夜も更け光は帳に覆われ誰も寝静まる夜半。

人にあらざるモノの活動時間。異なる世界線が現実と混じり合い交錯し移ろいでゆく。


そんなお伽噺は遠い彼方。現代社会において光の存在しない闇など幽霊よりも尚稀有な産物へと成り果てた。

正確にリズムを刻む針が頂上を指すそんな時間であっても街は眠らず、目に痛いほどのネオンの輝きが辺りを照らし光に誘われた人々がふらふらと寄せては返す。

眠らない、眠れない、寂しい人形が。一夜の夢を刹那の熱を求めるように肩を寄せ慰め合う。美しいと言われる夜景の中そんな光景が散見するそんな世界はある種、異界よりもずっと恐ろしいのだろうと そんなことをひとり思って、さんざめく光の中溺れていった。





真夜中

5/16/2024, 11:37:43 AM

『愛してるなら(やってくれるよ) ね?』

そんな裏に隠された意味のある言葉ですら特別で嬉しかったから。たとえただ便利に利用されているだけでも構わないと思っていたんだ。君の時間を貰って仮初の愛を対価として手に入れていたのだから。

本当は……、いや、
それはある種幸福なことだと思っていた。例えばアイドルや役者に恋をしても淡い願いは叶わないけれど、ホストやホステスからは夢を買えるように。この関係はあくまで利害関係によって成り立つ気楽なビジネスの親戚だから。


(作り物でもよかったのに)

騙してくれる気があるならそれでよかった。なのに君はそれですら出し惜しんで、バレなきゃいいって軽んじてきたんだ。さすがにひどいよね。

愛があればなんでも出来る? そうかもしれないね。愛は時に狂気にも致命傷にも形を変えるから。

だからさ、これもきっとあいだよ ね?












「さよなら」

5/12/2024, 9:00:04 AM

その人は誠実だった。

言葉を軽く扱い弄ぶことを良しとしなくて、まるで心の欠片であるかのように丁寧に空気を震わせていた。

言霊なんて表現の意味を教えてくれるような、それそのものに意思の宿る音。その振動は人に寄り添うことも叱咤激励することもときに過ちを正すこともある不可思議な力を持った響きであった。



「愛してるなんて毎日言うのキザだよねぇ」
「わかる。それしか語彙ないのかってくらい」
「言っときゃいいみたいなね」
「まぁ、実際問題嬉しいんですけど」
「そりゃあねぇ」
「言われないよりは」
「なんだかんだね」

(あぁ、いいな。"愛してる"なんて……)

思い起こしてみれば愛を囁かれたことなどない。自分が告白してそれが受け入れられて、今に至っているだけ。"好き"の一言さえ滅多なことではもらえない。

これじゃあ片想いと変わらないと思ってしまう。あの人のそばに居て時間をもらって なのにこんなにも遠い。

数時間後に迫ったデートが憂鬱になってしまうような落ち込んだ気分はなかなか晴れなくて。それでも久しぶりに会えると思えば行かないなんて選択肢は浮かびもしなくて。




「どうした? 体調悪いならまたにする?」
「全然平気だよ。ちょっと寝不足なだけ」
「嘘。……ゆっくりできるコースに変えるよ」
「ごめん。体調は平気」

心配そうな表情と額を撫でた手のひらに自分はなんて馬鹿なことを気に留めてたのだろうと思い知らされた。だってこんなにも雄弁に感情を伝えてくるのに。


「あのさ、好きだよ」

ぎゅっと互いに絡めた指先は使い古された言葉よりずっと愛を叫んでいた。

5/5/2024, 12:02:02 PM

虹に顔を上げることを知った。
道端の花に目を向けるようになった。
雨音のエチュードに耳をすませはじめた。

日々の小さな発見や楽しみはすべて君が教えてくれたものだった。色あせた毎日に色を光を音を与えてくれた。

世界に溢れる何もかもに意味が楽しさが発見があると、輝いた瞳と弾んだ声がそう伝えてくるから。


けれど、だけど、それは。

君という存在があってこそだったのだと今更ながらに思い知った。君が好きだった音楽も料理も植物も君がいなければただの物体でしかないのだと。遅すぎる発見をする。

きっと君は知っていたのだと思う。自分に与えられたリミットを。それを精一杯使って楽しさを輝きを素晴らしさを教えてくれたのだと今ならわかる。それでも……


「君がいないなら……」

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