それはあと1歩踏み出すだけ
明けない夜はない、なんて誰かが言った。
やまない雨はない、とも誰かが言った。
違うの。違うんだよ。
明けて欲しくないし、やんで欲しくなかったの。
私はずっと暗がりの闇の中で雨に打たれていたかった。
だって一番下にいる間だけは、本当は輝いていない世界さえ、輝いて見えるようになるから。
悲嘆に明け暮れて、世界を恨むことに罪悪感を感じずに済むから。
自分で努力することを諦めても仕方がないと言い訳が出来るから。
自分が惨めだと、卑怯だと、感じたくないから、知りたくないから、思い出したくないから。夜明けのように眩しく開いた扉から逃げるように目を閉じた。
1枚めくる、次の日が書いてある
1枚めくる、また次の日が書いてある
1枚めくる、更に次の日が書いてある
1枚めくる、書いてある日にちは、もうどうでも良かった
1枚めくる、1枚めくる、1枚めくる、1枚めくる、1枚めくる、1枚、めくった。
あと何回、繰り返せば。
この束が無くなってもまた次の束がある。わかっている。
紙束をまとめて掴む。それをちぎるほどの握力も腕力もない。
ぐぅ、と唸ってうずくまった。
早く、早く、はやく、世界よ終われと、うずくまりながら信じてもいないカミサマに祈った。
胸にぽっかり穴が空いた
きっと表現するならその言葉が適切なんだろう
でもこれは、ぽっかり、なんて可愛い擬音で済む類のものでは無いはずだ
虚しく、寂しく、何をしても満たされない、嫌何かをする気力さえも湧いてこない
喪失感や虚脱感。だが絶望する程では無い曖昧なもの。
時間が経てば、時間さえあれば、私は元の私に戻れるのだろうか。
ベットの上で寝転がりながら机の上にある錠剤を眺めて。
早く戻りたいな。そう思った。
胸の鼓動
うるさかった
いつもは気にもとめないその音は耳を塞いでも静かにはならなくて、規則的なその音だけが私の頭の中で響いていた。
暑い風が窓から入る。レースのカーテンが揺れる。濡れた手にあたった風が気化熱で指先の体温を奪っていく。
どこで間違えたんだろう
どこかで間違えたはずだ。だって私は優しくて、大人しくて、勤勉で、優等生で、気遣いができる、いい子だから。
靴下が濡れる。カーペットで吸い取りきれない水分がフローリングの方まで流れてきていた。それを見てもう何かしても全部遅いんだろうなと思った。そう思いたかっただけかもしれないけれど。
おとうさん、
呟いた言葉に反応する人はいない。横たわるその姿に厳格な父の面影はなく、天井からぶら下がる母の顔にいつもの穏やかさは欠片もなかった。
がちゃん、と落ちた音で足元を見た。血液で赤くなった包丁はさっきまで私が握っていたのか、と考えなくても分かることが脳を流れてく。
汚れた指先に暑い風があたる。指先が冷たいのは風のせいだけでは無いことは考えなくてもわかった。
私の心臓とレースのカーテンだけがこの部屋で動いていた。