胸の鼓動
うるさかった
いつもは気にもとめないその音は耳を塞いでも静かにはならなくて、規則的なその音だけが私の頭の中で響いていた。
暑い風が窓から入る。レースのカーテンが揺れる。濡れた手にあたった風が気化熱で指先の体温を奪っていく。
どこで間違えたんだろう
どこかで間違えたはずだ。だって私は優しくて、大人しくて、勤勉で、優等生で、気遣いができる、いい子だから。
靴下が濡れる。カーペットで吸い取りきれない水分がフローリングの方まで流れてきていた。それを見てもう何かしても全部遅いんだろうなと思った。そう思いたかっただけかもしれないけれど。
おとうさん、
呟いた言葉に反応する人はいない。横たわるその姿に厳格な父の面影はなく、天井からぶら下がる母の顔にいつもの穏やかさは欠片もなかった。
がちゃん、と落ちた音で足元を見た。血液で赤くなった包丁はさっきまで私が握っていたのか、と考えなくても分かることが脳を流れてく。
汚れた指先に暑い風があたる。指先が冷たいのは風のせいだけでは無いことは考えなくてもわかった。
私の心臓とレースのカーテンだけがこの部屋で動いていた。
9/8/2023, 11:29:29 PM