『初めての乾杯』
今日そっちでご飯食べてもいい?
そんなメールが来たのは、夕方、今日の夕飯のことを考えている時のことだった。そのメールに了承の返事をして、バッと立ち上がる。
早くこの汚部屋を何とかしなければ…!
ピンポーンとチャイムが鳴った。
部屋を見渡す。先程までは本やらクッションやらが散らかっていたが、今は綺麗に定位置へと収まっている。次に、全身鏡を見た。前に一目惚れしたワンピースに、髪飾りはお気に入りのシュシュ。…なかなか可愛いじゃないのか。そう自分を褒めながら、玄関に進む。
「はーい」
扉を開けると、鼻を赤くした彼が立っていた。寒そうに震えていた彼は「よぉ」と白い息を吐き出した。
「ほら、入って入って。リビング暖かいよ」
「うん」と頷いた彼は足早にリビングへと向かった。その様子にくすりと笑いながら、私もリビングに向かう。
「ご飯出来たよー」
炬燵で暖まってる彼の前にドンと鍋を置いた。鍋からいい匂いが漂っている。顔を上げた彼の瞳がキラリと輝いた。
「お、鍋?」
「うん、そう。お鍋が美味しい季節だからね」
彼に椀と箸を渡すと、彼が思い出したようにガサゴソと袋を漁り出した。彼が「はい」と渡してくれたのは、私の好きなお酒だった。彼も自分用のお酒を取り出す。
「俺、これが初めての酒だわ」
カシュッとプルタブを開けた彼からの告白。思わず「え!?」と声が出てしまった。
「誕生日迎えたのもう何週間も前だよね!?それなのに今日までお酒飲まなかったの!?」
「うん」
「なんで!?」
誕生日当日からお酒を飲み始めた私からしたら衝撃だった。私の問いかけに彼は目線を下にしてもごもごと喋る。
「初めての酒はあんたと飲みたかったからですケド……」
そう頬を染めながら話す彼。「ふ〜ん」と言った私の顔を見た彼が眉を寄せる。
「何ニヤニヤしてんだよ…!」
「べっつに〜?」
私は自分でもわかるぐらいニヤニヤしていた。私は思っていたよりも愛されていたようだ。
未だに睨む彼に、笑顔を向ける。
「じゃあ初めてのお酒、楽しもっか。」
私が缶を掲げるとと彼も同じように掲げてくれる。そして、音を立てて缶同士をぶつけた。
「「乾杯!」」
【20歳】
『ようこそ、お母さん』
彼氏と喧嘩した。今まで溜め込んでいたものが爆発して口論に発展してしまった。あんなこと言うつもりなかったのに…と自責の念に飲み込まれる。知らぬ間に出ていた涙を乱暴に拭う。
ふと、机の上に置きっぱなしの絵が目に映る。なんとか手を伸ばしてスケッチブックを手に取った。描かれていたのは、みんなが笑顔でいる様子だった。自分で描いといてなんだが、いい絵だ。……だが、そこに私はいない。私はあの輪には入れない。
ハハ、と何かわからない笑みが零れる。
あぁ、ほんとに、
「疲れたなぁ……」
もう、いや……
雫が1滴絵に落ちた。その時、誰もいないはずの部屋に声が響く。
「そっちの世界に疲れたんなら、こっちにおいで。」
声はスケッチブックから聞こえた。驚いて目を見張っていると、絵から手が出てきた。その手に掴まれる。
「大丈夫、俺が守るよ。」
目の前が真っ暗になって、そこからの記憶はない。
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「あんたがいらないって言うなら俺が貰う。文句ないだろ?」
ハッと目を開ける。今の声は…?いやそれよりもここはどこだ?立っていたのは真っ暗闇だった。何処を見ても闇。とりあえず何かないかと歩き出した。
数歩歩いた所で前に人が現れた。それは、今日喧嘩した彼女だった。少しの気まずさはあるが、こんな正体不明な場所で彼女を1人にしておく訳にはいかないと、彼女に駆け寄る。が、彼女の前に誰か立っているのに気付き足を止める。
彼女の前には…
「俺…?」
俺とそっくりの人物が立っていたのだ。髪も服も何もかもがそっくり。俺は何か嫌な気配を感じ、彼女の名前を呼ぶ。しかし、彼女には聞こえていないようだった。虚ろな目でその場に立っていた。
謎の人物は彼女に向かって手を伸ばす。彼女は誘われるようにその手に自身の手を乗せた。俺は何度も何度も彼女の名前を読んだが、彼女は虚ろな目をして目の前の人物を見ているだけだった。
「地球を救ったヒーローが彼女1人も守れないなんてな。だが、安心しろ。俺が彼女を守る。」
そう恍惚な表情で喋る謎の人物に怒りが沸いてくる。強く握り締めすぎた手からは血が流れていた。
「彼女を返せ!!!」
そう吠え、取り戻す為に駆け出した
ところで目が覚めた。
体を起こして荒れている息を整える。手からは血は流れていなかった。そのことに少し安堵し、汗を拭う。時計を確認すると、まだ夜中。窓からは三日月が覗いていた。
夢だったんだ。ホッと一息つきたいが、まだ心はザワザワと音を立てている。なんでだ…?まさか……。さっき見た夢が正夢になるのか……?そんな訳ないと思いながらも、スマホを手に取る。彼女とのトークを開き、文字を打つ。一瞬迷ったが、何かあったら嫌だと送信ボタンを押した。大丈夫、明日には返事が届くだろう。そう自分に思い込ませる。不気味なほどキレイに輝く三日月を見ながらもう一度ベッドに潜り込んだ。
だが、何日経っても彼女からの返信はなかった。
【三日月】
『混じる色』
キャンパスに色を乗せる。横に筆を動かすと掠れながらも色がついてくる。
赤、青、ピンク⋯とあの人たちのイメージ色を丁寧に丁寧に描いていく。
「はぁ…」
いつも絵を描く時は自分でもわかるぐらいご機嫌なのに、今はため息ばかり出てしまう。キャンパスを目に入れることも少し億劫に感じてしまっていることに気づき、グッと筆を持つ手に力を入れる。
何故絵を描いているのかというと、頼まれたからだ。我らがヒーローに。私の彼氏は、地球の平和を守るヒーローだ。そんな彼氏を誇りに思うと同時に、やはり、劣等感なども抱いてしまう。デートなんてそうそう出来ないし、デートが出来たとしても敵が現れたらそっちに向かってしまう。しょうがないとはいえ、悲しい気持ちはある。それに私たちの関係を知った人から悪意を向けられる事も多々あるし、酷い言葉を直接かけられることもある。これを彼氏に相談したことはない。ヒーローである彼にこれ以上重荷を掛けさせたくないのだ。
それでも、辛いものは辛い。見ず知らずの人に暴言に近い言葉を言われるのも、それに気づいてくれない彼にも。彼は何も悪くないのに心の中で八つ当たりする。そんな自分が嫌になって自己嫌悪する。最近はその繰り返しだ。ストレスのせいか最近は眠れる時間も少なくなってきてしまった。
ふらりとよろけながらもキャンパスの前に立つ。
「完成させなきゃ。私たちの⋯私のヒーローを」
汚くなったパレットから色を取り、キャンパスに叩きつける。滴り落ちる濁った雫が私の心を表しているようだった。
「もうすぐだよ、お母さん」
【色とりどり】
『寂しいメール』
視界の端にチラリと白いものが映る。なんだと思う間にそれは幾つもひらひらと舞い落ちてきて、地面に降り立つ。
「わぁ…!雪だ…!」
雪を見るのは何年ぶりだろうか。久しぶりに見る雪にテンションが上がる。開いた手のひらに雪が乗り、冷たさが伝わった。
「あ…!そうだ…!」
彼に知らせようとスマホを取り出すが、メールアプリを開いたところでピタリと動きを止める。
こんなことで連絡していいのか…?そんな不安が頭をよぎった。付き合っているのだから良いのだとも思うが、どうしても躊躇してしまう。彼は忙しい人だ。仲間からの大切な連絡がたくさん来る。その中でこんなくだらないことを送るのは迷惑ではないか?……もしこれが原因で嫌われたら?そう思うと、余計にメールしようとする手が下がってしまう。
彼とのトーク画面を開くと、それは1ヶ月前で止まっていた。
私はスマホを鞄に仕舞い、寂しい道を1人歩き始めた。
【雪】
『再開/出発』
「ここにいたんだね」
綺麗な花がたくさん咲き誇っている。そんな場所に彼はいた。
背に乗せて運んでくれた子にお礼を言う。その子は嬉しそうにくるると鳴いて小さくなった。
彼の隣まで歩き、腰を下ろす。
「久しぶりだね」
「…うん、久しぶり」
平静を装って話しかける。正直、聞きたいことはいっぱいあった。どうしていなくなったのか、どうしてあの時あんなことを言ったのか。どれから聞こうか考えていると、彼から質問が来た。
「どうしてここに?」
私は深く息を吸って口を開く。
「…貴方を探していたのよ。いくつもの地方を回ってようやく貴方に辿り着いた」
彼の表情は変わらない。
「ねぇ、覚えてる?前に貴方が私に言ったこと。"夢はあるのか"って聞いてきたよね。あの時は無いって答えたけど……私、夢が出来たの」
立ち上がり、彼の前に立つ。見上げてくる彼に向かって手を伸ばした。
「ねぇ、私と一緒に夢を叶えない?きっと楽しくなるよ!」
「…何故、ボクなんだい?君にはあの幼馴染や他の人たちがいるだろう?」
「ううん、貴方がいいの」
誰よりも平和を望む貴方だから。
彼はしばらく迷っていたけれど、引く様子のない私を見てため息をついた。
「…しょうがない。キミ1人じゃ危なっかしいからね」
眉を下げて笑う彼が私の手を掴んだ。嬉しくなった私は勢いよく手を引っ張る。よろけながら彼も笑った。
「もう"サヨナラ"なんて言わせないから!」
【君と一緒に】