なつめぐ

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『ようこそ、お母さん』



彼氏と喧嘩した。今まで溜め込んでいたものが爆発して口論に発展してしまった。あんなこと言うつもりなかったのに…と自責の念に飲み込まれる。知らぬ間に出ていた涙を乱暴に拭う。
ふと、机の上に置きっぱなしの絵が目に映る。なんとか手を伸ばしてスケッチブックを手に取った。描かれていたのは、みんなが笑顔でいる様子だった。自分で描いといてなんだが、いい絵だ。……だが、そこに私はいない。私はあの輪には入れない。
ハハ、と何かわからない笑みが零れる。

あぁ、ほんとに、

「疲れたなぁ……」

もう、いや……
雫が1滴絵に落ちた。その時、誰もいないはずの部屋に声が響く。

「そっちの世界に疲れたんなら、こっちにおいで。」

声はスケッチブックから聞こえた。驚いて目を見張っていると、絵から手が出てきた。その手に掴まれる。

「大丈夫、俺が守るよ。」

目の前が真っ暗になって、そこからの記憶はない。



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「あんたがいらないって言うなら俺が貰う。文句ないだろ?」

ハッと目を開ける。今の声は…?いやそれよりもここはどこだ?立っていたのは真っ暗闇だった。何処を見ても闇。とりあえず何かないかと歩き出した。
数歩歩いた所で前に人が現れた。それは、今日喧嘩した彼女だった。少しの気まずさはあるが、こんな正体不明な場所で彼女を1人にしておく訳にはいかないと、彼女に駆け寄る。が、彼女の前に誰か立っているのに気付き足を止める。
彼女の前には…

「俺…?」

俺とそっくりの人物が立っていたのだ。髪も服も何もかもがそっくり。俺は何か嫌な気配を感じ、彼女の名前を呼ぶ。しかし、彼女には聞こえていないようだった。虚ろな目でその場に立っていた。
謎の人物は彼女に向かって手を伸ばす。彼女は誘われるようにその手に自身の手を乗せた。俺は何度も何度も彼女の名前を読んだが、彼女は虚ろな目をして目の前の人物を見ているだけだった。

「地球を救ったヒーローが彼女1人も守れないなんてな。だが、安心しろ。俺が彼女を守る。」

そう恍惚な表情で喋る謎の人物に怒りが沸いてくる。強く握り締めすぎた手からは血が流れていた。

「彼女を返せ!!!」

そう吠え、取り戻す為に駆け出した


ところで目が覚めた。
体を起こして荒れている息を整える。手からは血は流れていなかった。そのことに少し安堵し、汗を拭う。時計を確認すると、まだ夜中。窓からは三日月が覗いていた。
夢だったんだ。ホッと一息つきたいが、まだ心はザワザワと音を立てている。なんでだ…?まさか……。さっき見た夢が正夢になるのか……?そんな訳ないと思いながらも、スマホを手に取る。彼女とのトークを開き、文字を打つ。一瞬迷ったが、何かあったら嫌だと送信ボタンを押した。大丈夫、明日には返事が届くだろう。そう自分に思い込ませる。不気味なほどキレイに輝く三日月を見ながらもう一度ベッドに潜り込んだ。



だが、何日経っても彼女からの返信はなかった。







【三日月】

1/9/2026, 3:23:12 PM