題:少しずつ
遠くに聞こえる、誰かの足音。
コツ、コツ、コツ……と、何か硬いものが床にあたる音と一緒に、衣擦れの音も聞こえる。
(……こんな暗い時間に?)
外はもう真っ暗で、ただ月と星の光が瞬いているだけだ。こんな時間に城内を歩いているのはおかしい。
最初は見張りの可能性も考えたが、見張りは鎧だから衣擦れの音はしない。
ーーなら誰だ?
足音はどんどんこちらに近づいている。どうする?寝たフリをする?確認しに行く?
(……寝たフリをしよう)
これが一番無難だと思った。仮にその人が俺の部屋に入ってきたとしても、寝ていると分かれば出ていくだろう。
足音が徐々に近づいてきて……俺の部屋の前で止まった。
(え、嘘?)
おいおいマジかよ……と内心焦る。なんか不安になってきた。
コンコン、と扉をノックする音。その後の小さい声。
「……リンク、起きていますか?」
この声は……ゼルダ姫!?なんでこんな時間に!?
「ほ、星を……観に行きませんか」
星?なんで……ああ、そうか。今日は『中央ハイラル大彗星』の日だった。
……別に俺なんかを誘わなくても……いや、これはお誘いではなく、護衛の頼みでは?暗い時間で危ないし。
「すぐ行きます」
表情は見えないけど、なぜか扉の向こうが明るく感じた。
◊ ◊ ◊
「もう少しですね」
「そうですね」
いつも通りの短い会話。二人とも必要最低限のことしか話さないから、仕方ない。
夜空には幾つもの星が輝いている。これだけでも十分だと思えるほどに。
……瞬間、夜空に一筋の光が見えた。
来たのだ、中央ハイラル大彗星が。
美しい長い尾を引いて、大彗星が今、目の前を通り過ぎようとしている。
「リンク」
唐突に、ゼルダ姫が話しかけてきた。
「好きです」
「…………………は?」
失礼だとは思う。思うけれど、あまりにも唐突なゼルダ姫の言葉に思考が停止し、こぼれた言葉はこれだった。
好き……?今、ゼルダ姫は、俺に、『好き』と……?
理解し終わると、急激に体温が上がり、心拍数も上がる。
それと共に、嬉しさが、込み上げてきた。
遠かったものが今、近くに感じる。
お題『遠い足音』
題:束の間
暑かった9月ももう終わり。
今度は涼しい秋が訪れる。
朝は肌寒くなり、日の入りは早く、日が沈んだ後には寂しげに光る月が佇む。
少し寂しく感じるけれど、季節が変わる様子を見るのは実に楽しい。
空気が澄んで星がより輝かしく見えること、栗やさつまいもを堪能できること、運動会、修学旅行。
秋ならではの楽しみが増えるのは喜ばしいことです。
何より、秋になると彼が厚着になるので、その変化も嬉しい。
あと、紅葉狩りも楽しいのです。夏は目立たないもみじも、秋になれば人気者。写真映えするのも嬉しい。
あと2ヶ月の秋を思う存分、堪能しようと思います。
お題『秋の訪れ』
題:無
ーー貴方は、人生が色のない、モノクロだったらどうしますか?
✧ ✧ ✧
ようこそ『彩星』へ。ここは、貴方の人生を見る場所。
突然ですが、質問です。
貴方は、人生が色のない、モノクロだったらどうしますか?
人生が彩られていれば、それはそれは美しいものでしょう。反対に、人生が色のないモノクロであれば、何の価値もないものでしょう。
何でしょう?もしモノクロだったら?
それは自分で美しいものにしてください。時間は掛かるでしょうけど。
もう一つ質問ですか、どうぞどうぞ。ん、貴方はどうなの、ですって?
……どうでしょうね、分かりません。
美しく感じるときもあれば、何の価値もないように感じるときもあります。
でも、モノクロだからこんなことをやっているのでしょうか。まあ、私にはいくらでも時間があるので、関係のないことです。
……おっと、それ以上は言わないで。綺麗事は嫌いです。
そうですね、貴方の人生は……大丈夫、彩られた美しいものです。それではお帰りください。
ああ、ちなみにこの事は貴方の記憶から消えます。変わらず人生は彩られた美しいものですよ。
それでは、ご機嫌ようーー。
お題『モノクロ』
題:繰り返しの日々
人間の寿命は短い。
天界の12日が人間界にとっての12年のように、私にとっての1年は、人間にとっての百年。
「永遠などない」
人間はそう言う。でもそれは人間だからで、永遠はある。
星は死ねない。
死んでもまた新たな星になる。繰り返し繰り返し生まれ変わる。
それは魔女も同じ。
魔女はある程度成長すると肉体の成長が止まる。それに、仮に死んだとしても肉体と魂が縛られてるから、魂が離れることはなく、肉体が回復する。
死ねないから生まれ変われし、繰り返しの日々は大変つまらない。
私が生まれてから一万年以上が経った。
世界が変わっていく様は何度も見てきた。
魔女狩りが始まっても、魔法が禁忌になっても、どうでもよく思っていた。
……でも、今回だけはどうでもよく思えなかった。
私を魔女だと知りながら、仲良くしてくれた人が死んだ。
あっという間だった。たった九十年だった。この国の姫だった。よく笑う、可愛い子だった。
人間が死んでも何も感じなかった私が、人間が死んで初めて泣いた。
永遠なんてないということを、痛いほど思い知らされた。
人間は、寿命が短く儚いからこそ美しいものなのだと思った。
お題『永遠なんて、ないけれど』
題:真の涙
涙の理由って、色々あると思うんだ。
例えば、哀しい時、怒っている時、嬉しい時、楽しい時。
私は、『哀しい時』以外泣いたことがない。怒ったことはないし、嬉しいと思っても笑うだけ、楽しいと思った時も泣かない。
だから、哀しい時以外の時に泣くというのことが正直よく分からなかった。
……あの日までは。
☽ ☽ ☽
日が沈みかけた刻、私はリンクに告白された。
よく笑う昔のリンクは、ずっと前になくなってしまって。ハイリア人のリンクは、気がつけば私よりも大人になっていて。
あの頃の笑顔も可愛かったけど、今の凛々しい顔も好き。そして、ただ感情を表に出すのが苦手なだけで、ただ自分に厳しいだけで、根は優しいところも好き。
「ミファーのことが、ずっと好きだった。そ、の、付き合ってください!」
いつもの無口無表情からは考えられないくらいに顔を真っ赤にして、つっかえながら告白してきたの。
微かに震える突き出された右手をじっと見つめて、私はそっと、リンクの右手に自身の右手を置いた。
ゆっくり顔を上げたリンクは、困惑していたみたい。
だって、私は泣いていたんだもん。
哀しい時以外の時に初めて泣いた。あの時の涙は、きっと『嬉しい時の涙』なんだと思う。
「喜んで」
あの時の涙の理由は、『嬉しかった』。
☽ ☽ ☽
その後、二人は付き合うことになったと英傑達に伝えた。
リーバルはぶっきらぼうに「おめでとう」と言い、ダルケルは心底嬉しそうにリンクの背中をバシバシ叩き、ウルボザは「ついに恋が実ったんだね!」と大いに喜び、ゼルダはやや顔を歪めながら「とても喜ばしいことですね。おめでとう」と言った。
(私はリンクのことが好きなのに……)
ゼルダは苦しそうに左胸を抑えた。
お題『涙の理由』