題:最後の言葉
最近、ママの元気がない。ママは元気だと言っているけど、私にはそうは思えなかった。
ーー明らかに無理をしている。
直感的に思った。
娘として母の身体を心配するのは当然なのだ。
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お日様の光が燦々と降り注ぐ夏の昼のこと。
バルコニーで外を見ていたママに、そっと話しかけた。怪しまれないように、いつもの声の調子で。
「ママ、最近元気ないけど大丈夫……?」
ママは振り返る。それは、いつもと変わらない元気なママ……に見えなかった。
何処か寂しげで。
「大丈夫よ、ロゼッタ。ママはいつでも元気よ」
私に抱きつきながら言う。
すると、私の腕に一粒の水があたった。雨かと思って上を見ると、ママは泣いていた。
それはまるで……娘の私を置いていくのを拒むかのように。
そう、ママは本当に私を置いていくのを拒んでいるのだ。
「ママ、どうしたの……まさか」
最悪な事が脳裏をよぎった。
「ロゼッタ、貴方とこうして話せるのも、これで最後かもしれない。だから、よく聞いていてね」
私はふるふると首を横に振った。
ママには逝ってほしくない。
「ロゼッタ、貴方は一国の王女として、民を想うことよ。そして……私がいつまでも貴方を愛していることを、忘れないで」
私はさっきとは対照的に、こくこくと首を縦に振った。
ママがいつまでも私を愛しているということを、私は胸に刻んだ。
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その夜、ママは眠るようにして息を引き取った。
最初は息を引き取ったということが理解出来なかった、したくなかった。
昨日ママは言ってくれたのに。結局、泣くことしか出来なかった。
ママの入った棺は、あの丘の上のーー星見のテラスにある木の下に入れられた。
夜、眠い目をこすってパパと星を見に出かけた、あの丘ーー、雪の積もった日、弟とソリをかついで登った、あの丘ーー、少し風の強い晴れた日、ママとお弁当を食べた、あの丘ーー。
そんな家族との思い出がいっぱいに詰まったあの丘の木の下に、ママは入れられた。
ママとの他愛のない生活は、これで最後になってしまったけれどーー。
ママはいつまでも、私のことを愛してくれているという真実を、私は忘れないーー。
題:懐かしい響き
ーーとても懐かしい響きです。
彼女はゆっくりと、噛み締めるようにそう言った。
それは、上も下も星に包まれた、宇宙を漂う天文台のテラスで言った言葉だった。
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今日ある人物が、ほうき星の天文台を訪れた。
ピーチ姫を救うと共に、天文台の動力源であるグランドスターを邪から取り戻してくれた英雄ーーマリオだ。どうやら彼は、ロゼッタの様子を見に来たらしい。
「やぁロゼッタ、元気にしてたかい?」
マリオはテラスにいる長身の女性ーーロゼッタに声をかけた。
彼女はこちらを向き、ニコリと微笑み返した。
「ええ、元気ですよ。身体を気遣って下さり、ありがとうございます」
柔らかい声で礼を述べるロゼッタ。見つめ返されたその美しい瞳に、思わず吸い込まれそうになる。
「立ち話もあれなので、お茶を飲みながらでもどうでしょう」
優しく問う。
「ああ、そうだね、ご馳走させてもらうよ」
マリオは快く承知した。そこでロゼッタは星杖を取り出し一振りすると、白いガーデンテーブルとガーデンチェアを出し、アプリコットの香りのする紅茶を注いだ。
マリオは一口すする。
「……マリオ……とても懐かしい響きです」
「それ、いつも言っているよ」
いつもの台詞を口にした彼女は、マリオの言葉にクスリと笑う。
彼女は席を立ち、テラスから身を乗り出してマリオに言った。
「とても懐かしい響きの貴方の名前を、呼んでもいいかしら」
珍しく、敬語じゃない。
でも、銀河の瞳を細めて言う彼女は、とても儚げで。
自分は今呼んでほしいとも思った。
「……勿論いいよ、僕も呼んでほしい」
その返答に、ロゼッタは子供のように無邪気に笑った。
そして、とても懐かしい響きの彼の名前を言った。
「……マリオ」
貴方の名前を呼んだ日は、美しい星の流れる星降る夜だった。
題:貴方が泣き止むのを待っているわ
雨の日はいつも、あの約束を思い出す。
幼い頃、ママと交わしたあの約束。優しく、儚げなあの約束。
そう、あの時交わした約束はーー。
ロゼッタは雨の打ち付ける窓の外を見ながら、幼い頃に想いを馳せていた。
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背が高くて、綺麗な金髪で、美しい浅葱色のドレスを着た、一国のお姫様だったママが大好きだった。自慢のおヒゲをもつパパの事も大好きだった。
ある日、お城を出ていたママを見つけて、何処に行くのだろうと思って後ろ姿のママに声をかけた。
「ママ、どこへ行くの?」
するとママは、いつもの優しい綺麗な声でこう答えた。
「何処にも行かないわ。昼には太陽となって、夜には月となって、いつも貴方をみているわ」
いつもの優しい綺麗な声のはずなのに、それが還って私を悲しくさせた。
「太陽も月もない、雨の日の夜は?」
私は涙で顔を濡らしてママに抱きついた。ママはどう答えようか迷っているようで、しばらく考え込んでいた。
やがて顔をあげると、微笑みながら私の問いに答えた。
「お星様になって、雲の上で貴方が泣き止むのを待っているわ」
ーー嬉しかった。雨の日の夜も、雪の日の夜も、いつも私をみてくれている。そう思うと、涙は止まった。
そして私は、ママの華奢な小指に自分の小指を絡めた。
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クスリと、ロゼッタは笑った。
窓の外の雨音が、ママの優しい声に聞こえた。
題:彼方の貴方へ
ママがよく口ずさんでいるあの歌。一体何なのだろう。
静かで、何処か寂しげなあの歌。一度ママに聞いてみたけど、ママは「もしかしたらもう一度、『ロゼッタ』って呼んでほしいからかもしれないわ。ママを想って歌っているの」って言った。
僕はまだ小さいチコだから、ママの言っていることはよくわからない。だけど、これだけは分かった。
ママは今でも星の世界の何処かにいる自分の大切な人を想ってるってことーーー。