彗星

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題:最後の言葉

 最近、ママの元気がない。ママは元気だと言っているけど、私にはそうは思えなかった。
 ーー明らかに無理をしている。
 直感的に思った。
 娘として母の身体を心配するのは当然なのだ。

✧ ✧ ✧

 お日様の光が燦々と降り注ぐ夏の昼のこと。
 バルコニーで外を見ていたママに、そっと話しかけた。怪しまれないように、いつもの声の調子で。
「ママ、最近元気ないけど大丈夫……?」
 ママは振り返る。それは、いつもと変わらない元気なママ……に見えなかった。
 何処か寂しげで。
「大丈夫よ、ロゼッタ。ママはいつでも元気よ」
 私に抱きつきながら言う。
 すると、私の腕に一粒の水があたった。雨かと思って上を見ると、ママは泣いていた。
 それはまるで……娘の私を置いていくのを拒むかのように。
 そう、ママは本当に私を置いていくのを拒んでいるのだ。
「ママ、どうしたの……まさか」
 最悪な事が脳裏をよぎった。
「ロゼッタ、貴方とこうして話せるのも、これで最後かもしれない。だから、よく聞いていてね」
 私はふるふると首を横に振った。
 ママには逝ってほしくない。
「ロゼッタ、貴方は一国の王女として、民を想うことよ。そして……私がいつまでも貴方を愛していることを、忘れないで」
 私はさっきとは対照的に、こくこくと首を縦に振った。
 ママがいつまでも私を愛しているということを、私は胸に刻んだ。

✧ ✧ ✧

 その夜、ママは眠るようにして息を引き取った。
 最初は息を引き取ったということが理解出来なかった、したくなかった。
 昨日ママは言ってくれたのに。結局、泣くことしか出来なかった。
 ママの入った棺は、あの丘の上のーー星見のテラスにある木の下に入れられた。
 夜、眠い目をこすってパパと星を見に出かけた、あの丘ーー、雪の積もった日、弟とソリをかついで登った、あの丘ーー、少し風の強い晴れた日、ママとお弁当を食べた、あの丘ーー。
 そんな家族との思い出がいっぱいに詰まったあの丘の木の下に、ママは入れられた。
 ママとの他愛のない生活は、これで最後になってしまったけれどーー。

ママはいつまでも、私のことを愛してくれているという真実を、私は忘れないーー。

5/27/2025, 12:40:05 PM