∮海へ
なんとなく、家を飛び出してみて
ふと海が見たくなった。
路面電車に揺られながら舟を漕いでいると
開いている窓の風が髪をくすぐる
重たかった瞼を上げてみれば
潮の匂いと共に一面の青が飛び込んできた
その日は雲一つない快晴で、まるで水平線が空にとけているようだった。
思わず衝動に駆られ、停車駅で見知らぬ土地へ降り立つ
うだるような暑さと駅員室の風鈴が夏を詠んでいた。
海にたどり着くのは簡単だった
どうやら小高い丘の上に自分はいたらしい
ゆるやかな傾斜をひたすらに下っていく
途中にある昔ながらの駄菓子屋でアイスを選ぶ小学生やブレーキを知らない高校生が二人乗りで駆け抜ける様は夏の1ページにふさわしかった
いざ海を目の前にして
ここはやはりと言うべきか、緑がかった海水がそこにはあった。
ところどころに浮かぶビニール袋が波に揺れている
そのまま塀に沿って歩いてみれば海水浴場の姿が見えた
さらに進めばそこで道は終わってしまった
誰も使っていないような階段を見つけそっと降りる
宛もなく消波ブロックの上を渡っていれば、5㎡程度の砂浜に出た
街の喧騒が遠のき、波の音だけが頭に響く。
靴を脱ぎ捨て足で海に触れば、ヒヤリとした水特有の感覚にさらされた
私の中の何かが、ずっと探し求めていたものを見つけたように満たされていった。
(また来よう)
今度はちゃんと、全てに向き合ってから。
∮あいまいな空
毎日、丘の上にある家に帰る坂道を自転車で漕いでいく
いつもどおりの変わらない景色の中で
唯一姿を変えるもの
いつも空を見上げれば、365色のパレットが空を彩っている
ある時は朱々と染まる夕焼けだったり
ある時には快晴の星空が散りばめられていたり
何気なく見ている空を見て、ふと思ったことがある
『この空は、もう2度と見られない景色なんだ』
そう思うと無性に切なくなって、目一杯記憶に留めておこうとしてみるけど
3日も経てばその色は朧げで、あいまいだ
カメラ越しに遺したって、それは〝あの時〟の空なんかじゃなくて
だからいつも、そんなあいまいな空を眺めながら
変わらない景色だと思い込んで日々が過ぎていく
あなたは、昨夜の空の色を憶えていますか?
∮失恋
恋の終わり方には色々な形があるけれど
別れたからといって
必ず恋を失う訳ではないように思う
胸の中の灯火が、少しずつ、少しずつ、
小さくなって失われるのを待っている
でも、心から消えたとしても
いつかあんなときもあったなと
幸せだった記憶を思い出して笑いたいから
この名残は失いませんように
∮月に願いを
平安の時代、人々は今よりも遙か澄みわたる夜空を見上げ詩を詠んだ。
天の川でさえも燦爛と輝いて見えるだろう空へ
人々は月を謳った。
その当時に生きる者にとって月とは、
夜を照らす希望であり
別れを告げる余韻であり
共に空を仰ぎみる道導であった。
星に願いを祈る私たちは、月を見ているようで視れていなかったのかもしれない
何時だって月は、太陽よりも傍で私たちを見守っている
星を探して見上げる前に
お天道様に見られる前に
月に願いを
∮理想のあなた
理想ならいくらでも妄想を掻き立てたことがあった
まずは、勉強もスポーツもできる。
その〝できる〟になるまでに努力を重ねられる。
現実から目を背けずに真っ向から立ち向かう。
そしてその勇気が報われて実を結ぶ未来。
どれも叶わずにいる今が、どうしようもなく虚しい
手を伸ばせば届きそうなのにな
ねえ、理想の自分へ
あなたの見る景色はどれほど輝いてるの?
私もそこに辿り着けるかな
返事はない。その代わり、微かな希望を胸に抱いてる、
ありのままの自分が居た