昔保護猫を一時預かりした事がある
記憶が朧げなくらい今は大人になってしまった僕だが
当時は学生で思春期真っ盛り
親や先生に反発してばかり、今考えても恥ずかしい
ちょっと忘れたい記憶でもある。
その子猫がやってきたのは
前日に母親から休みの日の過ごし方について
苦言を呈されてしまい、反論した為喧嘩になった
ある日。
朝から口を聞いて居ない為帰りづらい気持ちを
抱えながら帰路に着くと聞きなれない動物の
鳴き声が微かに聞こえた
周りをキョロキョロ見渡すもその鳴き声の主らしき
ものは見当たらず やはり我が家から聞こえてくるようで
あったが 今朝まで動物なんて我が家にはいなかったはず
恐る恐る玄関のドアを開けると
白黒のぶち が母親の膝の上で撫でられていた。
母親は僕の帰宅に気付くと保護猫を一時預かる
事になったと説明をしてくれた
昨日の喧嘩など、今朝口を聞かなかったことなど
感じさせないような口調で 僕はドギマギしたのを
うっすら覚えている
それからも母親とは何度か衝突する事はあったが
空気を察してかぶちが間に入る事が増え
僕の反抗期は呆気なく終わり、猫好きになった。
今でも野良猫を見ると思い出す
あのぶちはあの後里親が見つかり半年も
かからずお別れをしたが僕は沢山の思い出と
幸せを分けて貰ったと思う。
ぶちに僕は少しでも幸せを返せていたのだろうか、と。
また会いましょう
君はそう言って僕の答えも聞かず去っていった。
ドラマのような冬や春の別れの季節の
ようなものでもなく。
ただ、ただ暑い夏の日だった
僕達はただの知り合い、それこそ同じ時間
同じ場所でたまにすれ違う通行人でしかなかった
でもあの日から嘘のように君とは会わなくなった
あの言葉は嘘だったんだろうか…
あの時、いやあの何回かのすれ違いの中で
「友達になりませんか?」
その一言で僕の中の感情に名前がつけられたかも
しれないのに。
僕は今実家に帰って来ている
帰郷というやつだ
だが帰ってきたとしてこんな田舎でする事なんて
たかが知れてるし僕はもう30代
幼少期と違い遊ぶ友達が居たり等はしない。
だからとりあえず近くを散歩している
ほぼ田んぼばかりだから
少し遠くを歩いてみる、すると
少し登ると小さな花畑があった事を思い出し歩を進める
見つけた、向日葵畑だ。
もう見に来るのは近所の人くらいだろう
高齢化もきておりなかなか目にされない
向日葵を僕は眺める
ふと記憶の隅に 初恋のあの子の顔が
浮かんだ気がした
いつかの友人が雨が降る事を空が泣く
と表現してた事がある
あいつは詩人の卵だったのかもしれないな、なんて。
何故その友人を思い出したかというと
今その友人の葬儀に参加してきたからだ。
交通事故だった 人なんて本当に呆気なく
死ぬんだなと 一人思う
ポツポツと雨が降り出してきた
雫が僕の顔に当たるのが分かる
そうか、お前も泣いてくれてるのか?
なんて有り得る訳ないのに
僕にも詩人の卵なのかもしれないなと
少しぎこちない笑みを浮かべながら
僕は空の泣き顔を仰ぐ
なかなか帰ってこない君からのLINE
泣き腫らした目で何度画面を見る
深夜3時。
既読すらつかなくて
新着通知も公式や友達からの連絡ばかり。
もう丸一日連絡ない事を心配しても
伝わらないこの感情
君の中ではただの重たい女になっちゃったのかな
楽しかったあの日に戻りたいなと
カメラロールを眺めても
新しく涙が溢れる事にしかならなかった。