「花咲か爺さんの対義語って木枯らし婆さんでええのかな。」
友達がまた馬鹿なことを言っていた。
「アホか。爺さんの対義語は姉さんやろ。」
「そか。木枯らし姉さんか。」
「おう。」
「……」
「……」
「……なんやそれ」
「いやそっちが先に言い出したんや。」
「でも、なんかええなぁ、木枯らし姉さん。惚れたら終わり、生命力を吸い取られて最期は灰に……」
「それ、花咲か爺さんやないの。灰撒いて花咲かすやつや。」
「……え、じゃあ花咲か爺さんの灰って、木枯らし姉さんに惚れた男の……」
「アホか。」
やっぱり、アホや。
どうして、置いていったの?
そんなの、当人にしかわからない。
解のない問いを投げ続ける。自責に近いような、自戒に似ているような。
「辞めてしまいたい。こんな仕事。」
リハ終わり、舞台袖にしゃがみ込んでそう呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
「さ!楽屋戻ろっか!まだまだブラッシュアップできそうなとこ沢山あったな!最高のステージにするぞ〜!」
絶対聞き間違いじゃない。あんなん聞いちゃったら何言われても「いや嘘やん」って思うのも仕方ないと思う。
正直、びっくりした。
彼に限って、心のどこかでそう思っていた。
疲れる職業だ。夢を振り撒くのが仕事。振り撒く種を作るのはプライベートだ。プライベートなんて言葉、あってないようなものだけれど。
リハ終わりは裏方のスタッフさん達が慌ただしく働いている。俺達の次のリハがあるから。目の前を走り抜けた背中に刻まれたライブのロゴ。それを見て俺は覚悟を決めた。
「仕事やなくて、有効期限付きの王子様や。ライブ終わったら何してもええから。」
大楽屋で談笑している彼を引っぺがして、小さく、でも真っ直ぐ向き合ってそう告げた。
彼は大きな目をまんまるにさせて、くしゃっ、と笑った。
「お前こそ、本番までにその関西弁どうにかしろよ。王子様なんだから。」
「当たり前だろ。そっちこそ、そのくしゃっ、てやつ直せよな。メイク崩れたら申し訳ないだろ。」
それはそっ、と言って彼はまた人の輪の中に戻って行った。やはりさっきのは聞き間違いだったのかもしれない。他に人はいっぱい居たし。彼に限って、そんなこと……
「ありがと。でも盗み聞きは良くないぞ。」
「俺が盗み聞きなんてするか。」
やはり、気のせいだ。
そうに違いない。
クリスマス。
働いていた。
時給は変わらない。
イルミネーションと言えるのは工事現場の電球のやつ。
去年もクリスマスツリーを模った電球が、建設途中のビルを彩っていた。一年で随分立派なビルになったものだ。完成まであと少しといったところか。
「でもこれ、市役所だろ?この点灯費用も税金って考えたら、贅沢なこった。」
そんな声が頭の中に蘇った。今の今まで振り返りもしなかった記憶、声。
「違うよ。市役所はそれの隣。ここには建て替え中の図書館が建つの。」
「ふーん。似たようなもんじゃん。」
いつ、いつの記憶だ?二年、いや三年、違う、中学だからもっと前だ。
「でもこれをレイアウトしてさ、繋げて、点けて、喜んでもらえるかな〜ってわくわくしてるおじさんが居るかもしれないのは、ちょっと可愛いかも。」
「なんだそれ。それこそ仕事でやってんだろ。お前ほんとそういう妄想すんの好きだよな。」
「悪かったな。妄想じゃなくてロマンだよ。居ることにした方が楽しいだろ?それこそサンタと一緒。」
「おい、こんな駅前であんま大きい声でサンタとか言うな。幼気な子どもが聞いていたらどうする。」
「おっと、危ない危ない。」
口の端を拭いながら、貴方は心底恨めしそうに俺のことを睨みつける。フローリングにぽたぽたと血が落ちて、俺に聞こえないように小さく舌打ちをした。
「……今拭く。」
「おっ、俺が拭くよ!それより鼻血を……」
「何?贖罪のつもり?」
「ご、ごめん、ごめん。そんなつもりじゃ……」
「じゃあどういうつもり?」
「えっ……と、」
「……ごめん。八つ当たりした。元はと言えば俺がちゃんとお前の言うこと聞かなかったのが悪いのに、お前にばっか謝らせて。」
「……怒ってるよね。」
「いや、殴られて当然だよ。床汚して悪かったな。痕になる前に早く拭いちまおうぜ。」
「そんなことっ……」
「なぁ、」
しゃがみ込んだ彼の声が、微かに震えている。
「……もうしないから、嫌いになるなよ。」
血溜まりの上に重なってこぼれ落ちた涙を、誤魔化すように手のひらで床を擦った。
「ね、キスして。ほんとに嫌いになってないならさ。」
「えっ……」
「嫌か?」
「……いいの?」
「早く。」
言われるがままの口づけは思った通り血の味で、込み上げてきた申し訳なさと愛おしさを抑えきれず腰を引き寄せ、頭を撫で抱える。
それに安心したのか、彼は本当に小さく嗚咽をもらしながら、また目頭を熱くした。
あぁ。
そんな顔で、泣かないで。