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「辞めてしまいたい。こんな仕事。」

 リハ終わり、舞台袖にしゃがみ込んでそう呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。

「さ!楽屋戻ろっか!まだまだブラッシュアップできそうなとこ沢山あったな!最高のステージにするぞ〜!」

 絶対聞き間違いじゃない。あんなん聞いちゃったら何言われても「いや嘘やん」って思うのも仕方ないと思う。

 正直、びっくりした。

 彼に限って、心のどこかでそう思っていた。

 疲れる職業だ。夢を振り撒くのが仕事。振り撒く種を作るのはプライベートだ。プライベートなんて言葉、あってないようなものだけれど。

 リハ終わりは裏方のスタッフさん達が慌ただしく働いている。俺達の次のリハがあるから。目の前を走り抜けた背中に刻まれたライブのロゴ。それを見て俺は覚悟を決めた。

「仕事やなくて、有効期限付きの王子様や。ライブ終わったら何してもええから。」

 大楽屋で談笑している彼を引っぺがして、小さく、でも真っ直ぐ向き合ってそう告げた。

 彼は大きな目をまんまるにさせて、くしゃっ、と笑った。

「お前こそ、本番までにその関西弁どうにかしろよ。王子様なんだから。」

「当たり前だろ。そっちこそ、そのくしゃっ、てやつ直せよな。メイク崩れたら申し訳ないだろ。」

 それはそっ、と言って彼はまた人の輪の中に戻って行った。やはりさっきのは聞き間違いだったのかもしれない。他に人はいっぱい居たし。彼に限って、そんなこと……

「ありがと。でも盗み聞きは良くないぞ。」
「俺が盗み聞きなんてするか。」

 やはり、気のせいだ。

 そうに違いない。

1/6/2024, 8:23:32 PM