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11/13/2023, 4:36:41 PM

「私たち、どうも今世では一緒になれないようね。」「え?」
「結婚するの。私。」

 いつものお茶会のはずだった。

「えっ……と、」

「だからこうして会えるのも今日で最期。ごめんなさい、急に決まったことなの。」
「急にも程があるよ……。」
「仕方ないのよ。」
「……おめでとう……で、いいのかな……」
「ありがとう。」
「その……ど、どなたと……あっ!差し支えなければなんだけど……!」
「誰でしょうね。私が一番知りたいわ。」
「あっ……!ご、ごめん。」
「なぜ謝るの。貴女は何も悪くないでしょう。」
「ご、ごめん……。」
「……どこかの伯爵らしいわ。私より一回り以上、上のね。」
「そっ、か……」

 腹の奥がずんと重くなる。あとから冷静になって、これが“絶望”だと知った。

「……今まで良くしてくれてありがとうね。」

 私が男に生まれていたら。

「明日から挙式までは屋敷に幽閉されるから。会いに来ても無駄よ。幼い頃からやんちゃしすぎた天罰ね。今更逃げも隠れもしないのに。」
「……優しい人だといいね。素敵な人であること……心から願ってる。」
「……そう。」
「……ごめんこれ以上は無責任なことしか言えない。」

 男だったら、今すぐこの娘を奪い去ってしまったのに。

「今世は運がなかったわね。神様も意地悪ですこと。少しくらい、甘やかしてくれてもいいのに。」
「……ほんとだね。」
「貴女も他人事ではなくてよ。遅かれ早かれ縁談はつくのだから。……私の方が早かっただけ。それだけよ。」

 生まれ変わったら。

「あ、あのさ!」

 生まれ変われたら。

「なに?」

「来世は、ちゃんと奪いに行くから。」


「……馬鹿。」

「え……?」

「今世でもちゃんと奪いに来なさいよ。馬鹿。」

 揺れる瞳の奥の底知れない悲しみは、計り知れないほど暗くて、深くて。

 いつも強気な彼女が途端に頼りなく映り、今にも消えそうな少女を堪らず抱き留めた。

「ちょっ……!」

「必ず迎えに行くから。ちょっとだけ待ってて。」

「…………本当?」

「うん。だから、生きて。お願い。」

「……うん。」

「元気でね。」

「……えぇ。」


また、会いましょう。

11/12/2023, 3:09:04 PM

 湧いて出てくる背徳感。自分の不幸が蜜の味。

 喉に落ちていく血の味と、自責に駆られる貴方の顔。

「大丈夫、貴方は何も悪くない。」

 そう言って抱きしめてあげたら縋るみたいに泣きついて、熱の残る右頬を「ごめん、ごめん」って撫でてくる。

 完璧で、優しくて、誰にも好かれる貴方の、誰にも言えない秘め事を、自分だけが知っている。

 焦燥感に煽られるまま、欲望の赴くまま。

 貴方が人間らしく居られるのは、俺の前だけでしょ?

 本当の貴方を知っているのは、俺だけだよね?

「俺……——が居ないと駄目なんだ。」

 震える声で絞り出したその言葉は、すぐ嗚咽に戻る。

 全身が内側から熱くなり、どうしようもなく愛おしい薄く骨っぽい貴方の身体を強く、強く抱きしめる。

「俺も、貴方が居ないと駄目なんです。」

 貴方が居ないと。

「俺たち、ほんと終わってますね。」

 誰が俺を罰してくれる?

「でも、それでいいじゃないですか。それで生きていけるなら。」

 誰が俺の為に苦しんでくれる?

 どうしようもない衝動を、俺だけに向けてほしい。

 劣等感も全部、ぶつけてほしい。

「……ごめんなさい、自分勝手で。」

 貴方の不幸が、蜜の味。

11/11/2023, 5:18:36 PM

「俺、飛べねぇの。」
「は?」
「飛んだことねぇんだわ。」
「え、じゃあその背中の羽は……」
「俺にとっては飾り。邪魔なだけだよ。」
「……取れないの?」
「着脱可能であって堪るか。」
「まぁ……そう、だよね……。」
「……がっかりしたろ?」
「えっ、いや……」
「いいよ、別に。慣れてるし。今更泣いたり喚いたりしねぇから。」
そう言って彼は真っ直ぐこちらを見つめてきた。青く透き通った瞳が白い肌の奥で揺れている。
「……びっ、くりはしたけど……俺は人間だからさ、天使ってだけで凄いって言うか……飛べないからなんなんだよ、って言うか。」
「ふっ、ふははっ!あははははっ!……あー、関係ねぇか、人間には。」
「うん。関係ないよ。」
「そっか。……そっか。」
「気にしてる?」
「え?」
「飛べないこと。」
「まぁ、それなりに。」
天使は嘘がつけない生き物だ。