『届かないのに』
夕日に向かって手を伸ばす。
届きもしないのはわかってる。
それでも僕含めみんな通る道だと思ってる。
あの夕日はなんだろうか。
夢なのか憧れなのか...
僕はみんながやってるからやってみただけ。
夕日の逆光で手の輪郭が鮮明に見える。
部活のせいもあって輪郭はボコボコだ。
伸ばした手をギュッと握る。
夕日を掴めるわけもなく
ただただ暑くなった空気を掴んだだけだった。
語り部シルヴァ
『記憶の地図』
棚を掃除していると折りたたまれた紙がカサっと落ちてきた。
一瞬身に覚えなのないものだったが
持ち上げようと触れた瞬間記憶が蘇る。
紙を広げると自分ともう一人が書いた地図だった。
お気に入りのカフェや良く行くゲーセン。
お揃いの服を買いに行った洋服屋。
2人がどれだけ歳をとってもこの思い出を忘れないように。
そこで彩られた日々を色褪せないように...
今じゃなんの意味も無い紙切れだ。
躊躇したが紙をぐしゃぐしゃにして
ゴミ箱に捨てて掃除を続けた。
語り部シルヴァ
『マグカップ』
ガシャンと大きな音を立ててマグカップが割れる。
飲み物は幸い入っていなかったが
陶器の破片がかなり散らばった。
小さい頃からずっと使っていたから
そろそろ壊れるかなと思っていたが本当に急に壊れた。
陶器の欠片を一つ一つつまみあげる。
なんだか今まで使ってきた思い出を拾い集めている気分だ。
夏にはアイスコーヒーを、寒い日にはココアを。
何気ない日常の日々の中で嗜好品を味わせてくれた。
初夏なのに冷たくなった陶器は
まるで宿っていた命の終わりのような冷たさだ。
「...ありがとう。」
そう思ったから不意に言葉が零れた。
明日からのマグカップを買いに行かなきゃな...
語り部シルヴァ
『もしも君が』
ねえ、もしも君が今辛い思いをしているなら僕は
君の力になれるかな。
飛び降りたいなら一緒に飛ぶし泣きたいことがあるなら
一緒に泣きたいな。
ねえ、もしも君が今幸せなら僕は
君から素敵な話を聞けるかな。
君の笑顔が好きだから君の幸せな話なら
どんなことだって聞きたいな。
ねえ。もしも君が今生きていたら...
僕は今も悔やむことなく君の隣にいれたかな。
あの日喧嘩別れさえしなければ君と今も
放課後の帰り道に買い食いできたかな。
ねえ...もしも君がもう僕のことを許してくれているのなら
僕はこれから幸せに生きていいのかな。
でも絶対そんな日はやってこない。
これからも僕は君のことを忘れず、
償う日々を送っていくつもりだから。
そんなもしもを考えても君が隣に現れることは無いけどね。
君のお墓の前で静かに手を合わせる僕の頭の中は
ずっとうるさいままだ。
語り部シルヴァ
『君だけのメロディ』
新曲が投稿されて早速聞いてみた時に
その違和感は確信に変わった。
半年前、推していた作曲家が無期限の活動停止を発表した。
理由は明かされなかったが精神面の疲労や
恋人から夜逃げしたとか勝手な考察がされている。
しかしある日動画アプリでその作曲家が作品を投稿した。
コメント欄では復活を歓喜するファンで溢れかえっていた。
実際僕も嬉しかった。投稿された曲を何度も何度も聴いていた。
だがずっと聴いていると心のどっかで嬉しさよりも
違和感が増えてきた。
嬉しいはずなのにこの人の曲じゃない。
そんな気がしてならなかった。
作曲の方針を変えたのか...なんて思っていた。
そして今回投稿された曲を聴いてそれが確信に変わったのだ。
この人が絶対入れているメロディが無くなっていた。
僕がずっとその人を推していた理由がわかった。
そして僕はその人を推すのをやめた。
語り部シルヴァ