『まって』
「まって!」
どれだけ呼んでも君は振り返らなかった。
そうだ。君はそういう奴だ。
昔から自分のやりたいことに真っ直ぐで
誰も邪魔することが出来なかった。
だからどれだけ待ってとお願いしても無駄なことだ。
それでも君の足を止めたい僕はこれしか方法が思いつかない。
「ねぇ!まってよ!」
それでも君は足を止めない。
「まってってば!!」
三回目により大きい声で呼ぶと
視界の景色が一瞬にして変わる。
夢だったようだ。
初夏の湿気のせいか体が汗でベタベタする。
夢の出来事を振り返ってそりゃあ待ってくれないわけだ。
と一人納得する。
君はそういう奴だ。
夢でも夢じゃなくても僕よりも進んでいて
君の背中をいつも追いかけていた。
僕はずっと立ち止まったままだ。
だから君に止まって欲しかった。
「あー...待ってて欲しかったなあ。」
僕は見たかったのは君の背中じゃなくて
君と同じ景色だったんだよ。
語り部シルヴァ
『まだ知らない世界』
山を登り始めて数時間が経った。
あと少しで山頂だがもう折り返して帰りたい気持ちもあった。
それでもここまで来たら進むしかない。
そう言い聞かせて一歩一歩足を持ち上げる。
ついに山頂に辿り着いた。
休憩を多く挟んだのもあったが随分と
予定より遅れてしまった。
あまり登山客がいないのもあるが周囲には人の気配が無い。
疲れているが体に休む暇を与えず
指定エリアでさっさとテントを張る。
あらかた準備でができて荷物と腰を降ろす。
足は想像以上に疲労感を覚え暫くは立ち上がれなさそうだ。
お腹も空いて体も冷えている。
用意していたご飯を残りの体力を振り絞って調理し始める。
満腹感、満足感が体を満たしたあと
記憶が飛ぶように眠りについてしまった。
調理器具など諸々そのままで
どこかへ行った心配はいらなさそうだ。
さっきまであった疲労感も
嘘のように飛ぶほど熟睡したようだ。
微睡みから覚めて慌てて時間を確認する。
良かった。まだ時間は来ていなかった。
朝ご飯を終えて食後のコーヒーを準備していると
優しい日差しが身体に呼びかける。
顔を上げると日の出とともに世界が目を覚ます景色が広がる。
登山を趣味にしてからこんな景色を見れたのは初めてだ。
まだまだ奥が深いなと関心しつつ
あの時登りきって本当に良かったと満足感を
コーヒーと一緒に味わった。
語り部シルヴァ
『手放す勇気』
手を繋ぐのが怖い。
手を離すのが怖いから。
この手を離したくない。
離せば君がどっかへ行ってしまうかもしれない。
そんなことないよ。とフォローしてくれる君。
それでも怖い。
だから一度繋いだら離したくない。
「大丈夫だよ。私はあなたを愛してるから。」
ね?と眩しいくらいの笑顔で見つめてくる。
安心感が不安を拭っていく。
君なら大丈夫...だよね?
恐る恐る手を離す。
「ほら、大丈夫だよ!私はどこにも行ってない!」
君は両手を広げて明るく振る舞う。
君の行動は些細なこと一つでも勇気づけられる気がする。
そんな君だから好きになれたのかな。
君に近づいてありがとうと伝える。
顔を赤くしてしおらしくなった君がはにかんだ。
語り部シルヴァ
『光り輝け、暗闇で』
スマホの隅に表示されている時計は午前一時半を
表示している。
大学生だからといって生活リズムが狂っているのは自覚しているがどうも抜け出せない。
かと言って正しい生活リズムにしたところでメリットがあるわけでもない。
一日スマホを見ているのは変わらないだろう。
やることは沢山あるはずだがその一歩がどうも踏み出せない。
今だって真っ暗な部屋でスマホを見ている。
視力の落ちた自分に目が悪くなる心配も無い。
それにリアルで楽しいことなんて微塵もない。
この数十センチの枠で輝く世界が自分の心を踊らせる。
お先真っ暗な道を眩しい世界で塗り潰すように、
今の自分はスマホに首ったけなんだ。
語り部シルヴァ
『酸素』
俺が迫ったときアンタは察してぎゅっと目を瞑ってくれる。
始めたてはまだ恥ずかしいのか強ばる肩が
どんどん力が抜けていくのを見ていると愛らしく感じる。
してる最中に手を握ると強く握り返してくれる。
すればするほど苦しくなってくるはずなのに、
その苦しさが愛と思えるのは俺だけかな。
普段は俺からが多いけど、だからこそアンタから進んで
してくれる時なんか我慢できなくなっちまうのは反省だな...
そんなことを思ってるとアンタがチラチラこちらを見てる。
「...おいで。」
両手を広げると早足でアンタがこっちに来る。
頭を撫でると口元がニヤケてるの隠してるけどバレてるぞ。
あーもう、可愛いなあ。
今日はアンタのペースに合わせれるかな。
語り部シルヴァ