『もう二度と』
残業で遅くなった帰り道。ふとバイクを止める。
道の端に止まってエンジンを切って春風を感じる。
晩御飯の香りに混じってどこか懐かしい匂いがする。
なんだろう...
目を瞑って唸っているとお腹が鳴った。
帰路の途中だったことを思い出して帰りを急いだ。
走ってるときにも懐かしい匂いが鼻を誘う。
なんだっけこの匂い...
夕焼け、懐かしい...
あ、そうだ思い出した。高校生の頃の帰り道だ。
当時付き合っていた恋人と学校帰りに
恋人を家まで送った時にあった匂いだ。
あれから何年経ったんだろう...
それでも思い出すのは高校生の思い出が
それほど大事だからで、今でも愛おしい記憶なんだろう。
もう二度と、戻らない時間。
だから愛おしくて、求めてしまう。
まだ日が沈むと寒い...視界が滲む前に早く帰ろう。
バイクの速度をあげて急いで家に向かった。
語り部シルヴァ
『曇り』
灰色の空が覆う。
暖かくなったと思ったらどんよりしていて、
むしろ少し変な汗が出そうだ。
雨よりも嫌いな曇り空。
晴れか雨かどっちつかずな空。
私みたいな優柔不断って感じだから嫌いだろう。
同族嫌悪...ってやつなんだろう。
頭痛がしてきた...低気圧のせいだろうか。
あーあ、本当にやだ。
せっかくの春なのに...
こうなったらもう昼過ぎだけど寝よう。
明日の授業は昼からだし夜に起きたとしても大丈夫だろう。
嫌いな曇りと無理に向き合う必要は無い。
曇りと同じくらいモヤモヤした心も
寝れば晴れると信じて私はベッドの布団に潜り込んだ。
語り部シルヴァ
『bye bye...』
「よし、これで大丈夫...と。」
軽トラの荷台のロックをしっかりとした。
ひょこっと君が顔を出す。
「車出ると危ないから乗り出しちゃダメだよ?」
元気よく返事してから君は友達の元に奥へと行った。
長い付き合いだった...
こんなに立派に育ってくれて嬉しい半面、
別れが来るとこうも辛いのか...
それでも最初から別れる運命だった。受け入れないと...
「そろそろ出発します。大丈夫ですか?」
運転手が確認を取ってきたので
チェックリストを確認する。
「...はい。大丈夫です。お願いします。」
深く頭を下げると運転手は帽子の唾を少し上にあげながら
「わかりました。では失礼します。」
と運転席に座り軽トラのエンジンをかけた。
ゆっくりと走り出す軽トラに俺は大きな声で叫ぶ。
「今までありがとうな!!じゃあな!」
俺の言葉に反応したのか、君は元気よく
「ブー!!」と返してくれた。
語り部シルヴァ
『君と見た景色』
普通棟と工業棟の間の外階段を上がる。
四階までしかないが
最上階まで辿り着いた時には軽く息が上がる。
誰もいないことを確認してマスクをずらし深く呼吸をする。
暖かくなった春の風が美味しく感じる。
呼吸を整えて落下防止の壁に体を預けて外の景色を一望する。
中庭、学校全体、学校の向こうの景色。
そして赤く染まり始めた空と夕陽。
長期休みやテスト期間じゃないと
誰も来ないという条件付きだがここは僕の穴場だ。
「あ、もう来てたんだ。」いや、僕たちの穴場だった。
友人とはクラスメイトの同じ趣味をきっかけに仲良くなった。
昼休みに一緒にゲームをするくらいには仲良くなり、
こうやって時間外でも話すようになった。
ただ2人とも内向的でみんなのいる場所で話すのは恥ずかしく
こうして穴場で景色を見ながらお互いの好きについて
語り合う仲になったというわけだ。
ただ学校内ということもありあまり長く話すことはできず、
長くて一時間程度しか話せない。
この短い時間をお互い大切にしている。
2人で景色について、ゲームについて、学校について...
色んな話をしてきた。
こうやって卒業するまで2人で語ることになるんだろう。
夕焼け空に照らされながら微笑む君と見るこの景色と一緒に...
語り部シルヴァ
『手を繋いで』
小さい頃から手を繋ぐのが当たり前だった。
お互いの両親が笑うのもあったけど、
幼馴染の君が喜んでくれるからずっと手を繋いでいた。
けど思春期と呼ばれる今、
手は繋ぐことは無くなってしまった。
厳密に言えば向こうが断ってきた。
「流石に恥ずかしい。」その一言から幼馴染は
隣すら歩かなくなった。今日も1人で帰っている途中だ。
俺も恥ずかしいのはわかっている。
今まで繋いでいたものが無くなると寂しくなる。
また...
なんて考えていると親から電話がかかってきた。
「もしもs」「幼馴染ちゃんの両親が...!!」
言われた病院まで走り病室まで走る。
肩で息をしながら病室のドアを開けると
俺の両親と幼馴染がそこにいた。
心電図が一定音を立てて医師と看護師が慌てていた。
「貴方たちは一旦外にいなさい。」
何が何だかわからないまま両親に廊下に放り出され
近くの椅子に腰掛ける。
さっきまで暑かった体は一気に冷めてしまった。
背中が騒がしい一方で幼馴染とは静かな空気が流れている。
気になって幼馴染の顔を覗くと、
とても暗い表情をしていた。俺に出来ることは...
はっと思いつき幼馴染の手を優しく包む。
(嫌なら振りほどいてくれ...)
そう思いながら幼馴染の手に触れる。
幼馴染を見ずまっすぐと向かいの病室のドアを見つめていると、隣から鼻をすする音が聞こえてきた。
そっと手を繋ぐと幼馴染が力強く握り返す。
深呼吸して幼馴染の方を見ずに幼馴染に伝えた。
「これからは俺が支える。
また昔みたいに手を取り合っていこう。」
「うん、ありがとう。」
幼馴染の声は鼻声で悲しそうだが、
どこか安心してそうだった。
語り部シルヴァ