始まりはいつも
「ん"ん"。あー、あー。」
喉の調子を整える。
寝起きだと声があんまり出ないから念入りに。
朝が寒く感じるこの頃は特に。
やりすぎて逆に喉を痛めないように...
よし。録音ボタンを押して...
「おはよ。寒くなったね。風邪に気をつけてね。」
少し間を開けて録音ボタンを止める。
最後に自分の声を確認する。
...ここだけはどうも好きになれない。
でも気持ち悪い言い方になってないか、滑舌は大丈夫か。
ちゃんとした声を届けたいから我慢する。
よし、大丈夫そう。
録音した音声をメッセージに届ける。
朝起きて最初に聞く声は僕がいいと彼女は
いつも嬉しそうに言ってくれる。
その期待に応えるため今日も僕は
静かな朝を彼女よりも早く迎える。
語り部シルヴァ
すれ違い
よく兄とは仲がいいと昔から言われていた。
それを俺たち兄弟は誇りに思っていた...
だが俺たちが大人に近づいていくにつれて
接することも減ってきた。
その時に気づいた。
俺たちはお互いの好きなことや趣味、
考え方についてあまり知らないのでは...?と。
実際今の兄がどんな価値観を持っているのかは
偏見でしか知らない。
それからある日、事件は起きた。
兄は俺のためと言いながらも俺の大切なものを侮辱した。
そこから関係は修復することなく劣悪になっていった。
そこで俺は気づいた。
昔から仲が良かったわけじゃない。何も知ろうとしなかったからこそ喧嘩が起きなかった。
とうの昔から俺たちはどこかですれ違っていたようで、
偽りの仲の良さに誰も気付かなかったんだ。
語り部シルヴァ
秋晴れ
ふわっと香る金木犀。
少し吹く風は涼しく、太陽はただただ明るく空を照らす。
雲が少しある青空。
少し外の空気を吸おうと外に出た。
秋晴れと言うに相応しい外は歩いていても
眠たくなってしまいそうだ。
自転車で行こうと思ったけど今日は歩きで行こう。
のんびり道を歩くと色んなものが目につく。
赤く染まり始めた葉の色に沢山落ちているどんぐり。
最近暑いから忘れていたけど、10月の中旬。
もう秋がどんどん深まっていく。
そっからすぐ寒くなる...
今だけ楽しめる秋を噛みしめて歩き続けた。
語り部シルヴァ
忘れたくても忘れられない
「ごめん。やっぱり別れよ。」
そういって彼女...だった人は僕に背を向けて
人混みの中へと消えていった。
やっぱり...か。
そう思いながらもスマホを取り出し、
先程の相手の情報を全て消す。
写真、トーク欄、連絡先...綺麗さっぱり消した。
けれども心のモヤモヤは消えない。
さっきの人とは関係ないモヤモヤ。
昔お世話になった恋人がいた。
その人は恋愛だけじゃなく人生の価値観とか
色んなものを教えてくれた。
結果的には考え方の相違で別れることになったが、
その人だけはどうしても消えない。
写真を消した時には心が痛みトーク欄や連絡先を消した時には次の日まで泣いた。
それほどまでに僕の中のその人が強すぎて
他の人が霞んでしまう。
好きと言ってくれる相手と付き合えば変われるかもしれない。
いつかあの人を忘れて新しい思い出が芽吹くかもしれない。
そんな期待を勝手にしてダメだったら期待してなかったように心が透明になる。
今も頭の中であの人が笑う記憶が再生されている。
それほど貴女が脳裏にいて剥がれないんだ。
語り部シルヴァ
やわらかな光
「ん...」
目を瞑っているはずなのに視界が真っ白に輝く。
そもそも寝ていたらしい。
自分の家じゃないのにやけに落ち着く匂いがする。
このまま二度寝したい...
そう思っていたが数秒後眠気が疑問に飛ばされた。
その疑問も辺りを見回してすぐに解決した。
ここは彼女の部屋だ。
次の動画を流そうとスタンバイしているスマホが
彼女の手から落ちている。
2人で動画を見ながら寝落ちしたようだ。
うつ伏せで寝ていたはずだが、寝相の悪さか寝返りかで
部屋に差し込む光に照らされて起こされた。
彼女を起こさないようそっと立ち上がり窓に近づく。
夏はあれだけ鋭い日差しだった太陽も
今の時期には優しい日差しになっている。
カーテンをゆっくり閉じて光が直接入らないようにする。
彼女に近づいて寝ている愛らしい顔を眺めるようにした。
こんな時間が続けばいいのにと思う反面、
起きてお話したい寂しさが優しい光と混ざる。
暖かいはずの部屋で1人鳥肌を立たせながら、
彼女が起きるのをひたすら隣で眺めていた。
語り部シルヴァ