お題:届いて……
霞んだ中に溶けていく雪の如く、同じものはあれど、もう2度と出会えはしない思い出になってしまった。
跡地に行けどもう、そこに沁みた跡すらないものですから、物凄く苦しくなってしまって。
もう記憶の中からも離れていってしまったら、
貴方はそれを望むほど聖人だとはよく知ったことですが、とても私にとっては嫌な事ですよと。
貴方はどうせ盆にも姿を見せてもくれないだろうから、早く現れてください。
景色は強く焼き付き、自分の中へ溶着するものだ。
景色は、その頃の会話や想いを映さない。ただ景色として、依代の如く佇むのみ。
そんな中で、一つだけ異質な鮮明さを帯びた10分がある。
とは言っても、しょうもないものである。
幼少の頃に行った遊園地の、緩やかなコースターに呑まれたことだ。
下降する時に暗闇に飲まれたことに驚いて目を瞑った。その後、目を開けば異郷に誘われたようで。華やかで、桃色と藤色の混ざり合う世界は浮世離れと言うに相応しい。輝く景色は、あっという間に小さな体を呑んでしまう。
そのときに初めて、私はときめきを知る。
自分と異郷の対話を交わしたその日から、今になれば異郷は私のものではなくなり、故郷にさえ思う。
その景色は、今の私とは絡み合っていない。その寂しささえ、輝きを増させる。
意味もなく空虚なものとは、この世に存在しすぎている。
徒労に終わった文字とか、青い頃に集めたものとか、何もせず包まれていた空気も。
そして、それらは自販機の下のような、底の見えない鞄のような黒を秘めている。
それに呑まれてしまいたいとも、それを振り切って白鳥になりたいとも思う。
そこに身長・体重を投げて、私も空虚になりたい。
海が好きだ。
夏は嫌いなのだが、海の香り、波の色、それらが織りなす波紋には、酷く心惹かれるものがある。冬にだって足をつけてしまいたくなるほどの引力を持つ。
全く、脊髄から冷え冷えとする。
しかし、音は耳が馴染みすぎていて案外知らないものだ。波の淵にはいつだって喧騒。子供の頃にくらいしか深い青を知らないが、その時の私などその騒でしかない。
音はいつだってすぐに忘れてしまうのが理だろう。
故に、海にはいつだって恋をできる。夏でなければ。