→短編・温度差
「今から、こっちに来ない?」
彼は電話向こうの恋人に誘いかけた。行きつけの飲み屋に誘ったのだ。金曜日の夜、そのまま彼の部屋に泊まってもらおうとそんな皮算用込みである。
彼女の返事は芳しくない。「えー?」や「そうだなぁ」と煮え切らない回答を繰り返す。
それでも彼は楽しかった。彼女との何でもない会話に心が弾む。打ち返す波と戯れるような軽やかな気分は、酒に酔っているからではない。
彼女に恋しているからだ。
「会いに来てほしいなぁ」
彼氏から飲み屋に誘われた彼女は、しばらくの迷うフリのあと、逆に誘いかける策に打って出た。金曜日の夜である。他人のいる飲み屋ではなく、2人だけの空間でまったりしたかった。
電話口の彼氏は、彼女の誘いに「ホントにいいの?」と遠慮しながらもノリノリの口調だ。
彼が愛おしい。その下心すらカワイイ。何かが彼女の心をキュッと掴む。彼女はその正体を知っている。それは、深い愛情。深海をゆく潜水艇のような高揚感。
彼女は彼を心から愛している。
彼が彼女の部屋へとやって来た。2人で映画を見る。
「likeと loveは違うのよ 」
そんなセリフが字幕で流れる。
2人はそのセリフを気に留めない。
2人は一心同体だと思い込んでいる。
テーマ; 「こっちに恋」「愛にきて」
→言うまでもないことではございますが……、
わたくしたち、このアプリで巡り逢いましたのよ。
まことに現代風の出会いですわね。
貴方との出会いに乾杯。
テーマ; 巡り逢い
→休日。
薄いきゅうりとハムのサンドイッチ(辛子マヨネーズを効かせて)と、アイスティーの入ったポットを、トートバッグに詰める。
お気に入りのブラウスにタイトスカートを合わせて、蚤の市で買ったヴィンテージのワンピースを薄手のコート代わりに羽織る。大好きな革靴を履く。
お出かけ準備完了。
さぁ、どこへ行こう?
海? 山? それともショッピングモール?
仕事とは違って、目的地は気分次第。何にも束縛されないし、誰に気を使うこともない。
ただのんびりと、自分時間。
テーマ; どこへ行こう
→短編・big love !
「出かけんねやったら、明日のパン買って来てや」
「お母さん、もう寝るからな」
「ゴハンいらんときは、ちゃんと連絡し!」
「おカユさん、作ったで。食べられるか?」
あー! もぅ! オカンの幻聴、うるさい! あと、前から思っとったけど、なんで粥に「お」と「さん」付けんねん。何か粥に恩でもあるんか?
意識が朦朧とする。
熱が上がってきてんなぁ。俺、この時期、なぁんか体調崩すねんよな。あー、就職して、ずっと憧れてた東京の一人暮らしやのに、初めの有給、コレかよ。ムカつくし、GWはこっちで遊び倒したる!
単身者用1DKの部屋が、妙に広く感じられる。
鍵のない実家の部屋、―家族が、特にオカンが(アンタの洗濯もん、持ってきたで!)勝手に入ってくる―、が恋しくなってくる。
うっわ、俺、メンタルやられてんなぁ。恋しいとか! 恋しい、とか、……アカン、めっちゃアカン、淋しなってきた……。
ん? 何やねん。スマホがブルっとる。誰やねん。こんなしんどい時に! あっ……。
―オカンやで。アンタいっつも春に熱出すやろ。元気か?
「……なんで名乗っとんねん」
力のなくツッコミ。実家やったら、誰か拾ってくれんねんけどな。一人暮らしの部屋に俺の声だけがボソリと響いた。
SNSのメッセージを打ち返す。
―心配しすぎ。めっちゃ元気やで。GW、そっちに帰るわ。なんかほしい土産あるか?
テーマ; big love !
→ディーヴァ
ささやくようなウィスパーヴォイスで
あなたは歌う
恋人との別れを
霧のようなその声が
聴く人の心にシンシンと
共感、感動、感涙
人々はあなたを賞賛する
私だけに罪悪感を植え付ける
お願い、もう許して
あなたの束縛に耐えられなかった
あなたの歌はミリオンヒット
今日も至る所から聞こえてくる
無駄だとわかっていても、私は耳を塞ぐ
テーマ; ささやき