一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→短編・温度差

「今から、こっちに来ない?」
 彼は電話向こうの恋人に誘いかけた。行きつけの飲み屋に誘ったのだ。金曜日の夜、そのまま彼の部屋に泊まってもらおうとそんな皮算用込みである。
 彼女の返事は芳しくない。「えー?」や「そうだなぁ」と煮え切らない回答を繰り返す。
 それでも彼は楽しかった。彼女との何でもない会話に心が弾む。打ち返す波と戯れるような軽やかな気分は、酒に酔っているからではない。
 彼女に恋しているからだ。

「会いに来てほしいなぁ」
 彼氏から飲み屋に誘われた彼女は、しばらくの迷うフリのあと、逆に誘いかける策に打って出た。金曜日の夜である。他人のいる飲み屋ではなく、2人だけの空間でまったりしたかった。
 電話口の彼氏は、彼女の誘いに「ホントにいいの?」と遠慮しながらもノリノリの口調だ。
 彼が愛おしい。その下心すらカワイイ。何かが彼女の心をキュッと掴む。彼女はその正体を知っている。それは、深い愛情。深海をゆく潜水艇のような高揚感。
 彼女は彼を心から愛している。

 彼が彼女の部屋へとやって来た。2人で映画を見る。
「likeと loveは違うのよ 」
 そんなセリフが字幕で流れる。
 2人はそのセリフを気に留めない。
 2人は一心同体だと思い込んでいる。

テーマ; 「こっちに恋」「愛にきて」

4/25/2025, 2:46:35 PM