一尾(いっぽ)in 仮住まい

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4/23/2025, 2:15:54 PM

→休日。

 薄いきゅうりとハムのサンドイッチ(辛子マヨネーズを効かせて)と、アイスティーの入ったポットを、トートバッグに詰める。
 お気に入りのブラウスにタイトスカートを合わせて、蚤の市で買ったヴィンテージのワンピースを薄手のコート代わりに羽織る。大好きな革靴を履く。
 お出かけ準備完了。
 さぁ、どこへ行こう?
 海? 山? それともショッピングモール?
 仕事とは違って、目的地は気分次第。何にも束縛されないし、誰に気を使うこともない。
 ただのんびりと、自分時間。

テーマ; どこへ行こう

4/23/2025, 6:28:39 AM

→短編・big love !

「出かけんねやったら、明日のパン買って来てや」
「お母さん、もう寝るからな」
「ゴハンいらんときは、ちゃんと連絡し!」
「おカユさん、作ったで。食べられるか?」
 あー! もぅ! オカンの幻聴、うるさい! あと、前から思っとったけど、なんで粥に「お」と「さん」付けんねん。何か粥に恩でもあるんか?
 意識が朦朧とする。
 熱が上がってきてんなぁ。俺、この時期、なぁんか体調崩すねんよな。あー、就職して、ずっと憧れてた東京の一人暮らしやのに、初めの有給、コレかよ。ムカつくし、GWはこっちで遊び倒したる!
 単身者用1DKの部屋が、妙に広く感じられる。
 鍵のない実家の部屋、―家族が、特にオカンが(アンタの洗濯もん、持ってきたで!)勝手に入ってくる―、が恋しくなってくる。
 うっわ、俺、メンタルやられてんなぁ。恋しいとか! 恋しい、とか、……アカン、めっちゃアカン、淋しなってきた……。
 ん? 何やねん。スマホがブルっとる。誰やねん。こんなしんどい時に! あっ……。
―オカンやで。アンタいっつも春に熱出すやろ。元気か?
「……なんで名乗っとんねん」
 力のなくツッコミ。実家やったら、誰か拾ってくれんねんけどな。一人暮らしの部屋に俺の声だけがボソリと響いた。
 SNSのメッセージを打ち返す。
―心配しすぎ。めっちゃ元気やで。GW、そっちに帰るわ。なんかほしい土産あるか?

テーマ; big love !

4/22/2025, 5:04:39 AM

→ディーヴァ

ささやくようなウィスパーヴォイスで

あなたは歌う

恋人との別れを

霧のようなその声が

聴く人の心にシンシンと

共感、感動、感涙

人々はあなたを賞賛する

私だけに罪悪感を植え付ける

お願い、もう許して

あなたの束縛に耐えられなかった

あなたの歌はミリオンヒット

今日も至る所から聞こえてくる

無駄だとわかっていても、私は耳を塞ぐ


テーマ; ささやき

4/21/2025, 8:00:09 AM

→短編・公園で夜景を見る、私と彼女。

 高台の公園に立つ。夜風が頬を撫でる。
 眼下に夜景。街灯、電飾看板、高層ビルの屋上に灯る赤いランプ、住宅の明かり、遠くには工場のまばゆい常夜灯、細い光が流れたと思ったら、列車だった。まるで星空を見ているような感覚。
「満天の星空みたい」
 私が思ったことを友人が口にした。
「同じこと思ってた」と私。
 その共感に友人はふっと力なく笑った。
 黙ったまま2人で夜の公園のベンチに腰掛けて夜景を見る。
「地球って他の星と比較して明るく見えるのかな? 電気使ってるし」
 友人の唐突の問いに私は首をひねった。
「どうだろ?」
「地球人として、そうであってほしいなぁ」
「話のスケールがデカいなぁ」
 私の呆れ声に友人の笑い声が重なる。
「うん、デカいよね。日常がちっちゃーく感じるくらい!」
 そう言って彼女は大きく背伸びをした。
 宇宙を見上げると、地上の星よりも少ない星空が頭上に広がっていた。
「あのさ……」
 少し言いにくそうに彼女が言い淀んだ。
「何?」
 なるべくなんでもないように問いかける。
「あの……、明日から少しづつ部屋を片付けたいんだけど、手伝ってくれる?」
「うん」
 私は静かに頷いた。
 ボサボサの髪と汚れた服の中で、彼女の晴れ晴れとした顔が光った。
「ありがとう」
 星明かりの公園に、彼女の感謝の声が響いた。

テーマ; 星明かり

4/20/2025, 9:45:51 AM

→短編・故事

 真っ暗な芝居小屋で、私は枠どられた小さな舞台を観ている。
 舞台は1メートルほどの高さで横幅はその1.5倍ほどだ。枠全体を半透明の紙が覆っていて、奥から明かりがほんのりと舞台を照らしている。影絵芝居だ。
 私はサンザシの串を片手に握りしめている。酸っぱいサンザシにかかった飴が甘い。周囲の中国語のザワメキが耳を打つ。
 右手左手から現れる紙人形の穏やかでユーモラスな暮らしに、私は目を輝かせる。小さな村の暮らし。
 しかし、大きな銅鑼の音がした後で、様子が変わった。太鼓や琴の音に合わせて、何本もの支持棒で操られた龍が登場する。
 龍は天地を暴れ回り、市井の人々を襲い始めた。圧倒的な力に蹂躙され、穏やかな人々の生活は一瞬にして消え去った。
 生き残った人々は何もできなかった。山中の洞窟に隠れ棲んで、龍が去るのを待った。
 半年後、ようやく龍が村を離れた。しかし人々は洞窟をすぐには出られなかった。それほどまでに龍襲撃の恐怖は人々に恐怖を植え付けた。
 明日出よう、明日出よう、やっぱりもう一日待とう。
 結局、誰も洞窟を出ることができずに、村人は死に絶えた。
 二胡に重なって、勘違い声は謳う。
「哀れ、哀れ。之、まさに龍後の不覚」
 チャルメラの音、銅鑼の音、太鼓の音、舞台の灯りが消えていく……。

 私ははっきりとこの芝居小屋の一幕を覚えているのだが、家族親族友人の誰も知らないという。
 私は日本育ちで、中国に行ったことはない。誰に尋ねても、「龍後の不覚」などという故事は聞いたことがないという。

テーマ; 影絵




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