一尾(いっぽ)in 仮住まい

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2/28/2025, 5:50:29 PM

→短編・あの日の温もりは特別だった、と。

「ゆっくりするのも大事なことです」
 心療内科医は親身な口調で保養を促し、僕のカルテに何かを書き込み始めた。口調とは裏腹に、彼はその横顔で、僕を診察室から放り出した。
 
 自分の存在を、ひどく希薄に感じる。出社して人と接んしている方がまだマシなんじゃないだろうか? 
 仕事から離れて何をするでもない日々。毎日が休日。当て所もなく彷徨う。スーパーやコンビニや本屋。ぶらぶらぶら。初めは目新しかった平日の平穏も、今では日常の一コマとなって久しい。
 今日何日だっけな? 曜日の把握も曖昧だ。時間の経過は季節が教えてくれる。風流な話ではない。何にも関わっていないから、そんなことになる。秋から冬へ、クリスマスや正月が過ぎても、実感がない。イベントは忙しく立ち回る人のためにあるのだと知った。

 春の手前、やたらと寒い日。空気は澄み切っていて、北風が強く吹き荒れている。道端に枯れ葉が舞い上がる。樹木から離れ落ちた枯れ葉は、まるで僕のようだ。踏ん張りがきかず、ただ風まかせ。
 突発的な向かい風が吹いた。息が詰まる。風は落ち葉と同じように、僕の身体から魂を引き剥がそうとした。
 僕は身体に両手を巻いて自分を抱き留めた。咄嗟の判断だった。

 生きるための些細な抵抗。
 希薄な自分の色が少し濃ゆくなったように感じた。
 自分を抱きしめる自分の温かさに目頭が熱くなった。

 いつか、今日を思い出す日は来るだろうか?


テーマ; あの日の温もり

2/27/2025, 9:43:42 PM

→YouTubeの「後で見る」リストに……

「がお〜、がお〜。
オイラ、とってもつよいんだぞぉ〜」

レッサーパンダの威嚇。

心がささくれた時用の常備薬。


テーマ; cute!

2/26/2025, 4:14:05 PM

→短編・記憶は記録ではない。

 実家からアルバムが届いた。
 昨今の写真といえば、スマホのファイルに格納したままということも多い。しかし私の幼い頃は、まだデジカメが主流で、そこから良いものをピックアップしてアルバムを作ったものだった。
 レトロなふわふわした手触りのアルバムの茶色い表紙をそっとなでる。それだけで懐かしい思い出が、脳裏にワッと押し寄せてきた。飼っていた犬のこと、大好きだったワンピース、長い髪を三つ編みにしていたこと。夏休みの祖父母の家……。
 遠い昔に思いを馳せながら、私はアルバムをめくった。そこには懐かしい風景と、幼い私……????? 
 あれ?
 私、こんなに鼻が低かったっけ?? それに思い出の自分よりも手足が短いぞ。三つ編みも思ったほど長くない。柴犬だと思ってたけど、リキくんってば雑種じゃん。いやいや、もちろん可愛いのには変わりないけど。
 そっかぁ、思い出って知らんうちに脚色されてるんだなぁ〜。

テーマ; 記録

2/26/2025, 1:43:13 AM

→短文・旅の朝。

今日帰る予定だったけれど、もう一日延泊することに決めた。
まったくの衝動的判断。初めての経験。
自分にしては大胆な行動。

ゆっくりしたくて旅館メインで決めた旅だった。観光のことはほとんど調べていなかった。

昨日ちょっと散策してみたら……、
立ち寄ったカフェのフレンチトーストが気になった。宿に戻る前に見つけた細い路地を辿ってみたい。私設の民俗館も見つけてしまった。

じわりと心が動いたと思ったら、もうノンストップ。
「また次回」なんて悠長なことは言ってられない。旅のワクワクはナマモノなのだ。

昨日と同じ場所なのに、未知が満ち満ちている。ワクワクがドキドキだし、心が弾むように弾んでいる。
浮かれてるかな?
浮かれてるな。

さぁ、出発だ。


テーマ; さぁ冒険だ

2/25/2025, 3:17:27 AM

→短文・早春

ついつい頭を下げて歩く。

意識して視線を上げても、しばらく経つとまた目は地面を追っている。

長く続かない自分の集中力に呆れ、集中しなければ下方修正に陥る自分が嫌になる。

冬の寒さで身がすくむ毎日に、余計な落ち込みをしてアスファルトにため息一つ。も一つ頭も落ちる。

トボトボ歩く目端に、道路脇に咲く青い花が飛び込んできた。季節を先取りしたような青い空の花弁が鮮やかに私の目を奪う。

相も変わらず地面追いの、私のまぶたの裏に、小さな一輪の花の青色が焼き付いた。

もうすぐ春が来るのだな。


テーマ; 一輪の花

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