→短編・あの日の温もりは特別だった、と。
「ゆっくりするのも大事なことです」
心療内科医は親身な口調で保養を促し、僕のカルテに何かを書き込み始めた。口調とは裏腹に、彼はその横顔で、僕を診察室から放り出した。
自分の存在を、ひどく希薄に感じる。出社して人と接んしている方がまだマシなんじゃないだろうか?
仕事から離れて何をするでもない日々。毎日が休日。当て所もなく彷徨う。スーパーやコンビニや本屋。ぶらぶらぶら。初めは目新しかった平日の平穏も、今では日常の一コマとなって久しい。
今日何日だっけな? 曜日の把握も曖昧だ。時間の経過は季節が教えてくれる。風流な話ではない。何にも関わっていないから、そんなことになる。秋から冬へ、クリスマスや正月が過ぎても、実感がない。イベントは忙しく立ち回る人のためにあるのだと知った。
春の手前、やたらと寒い日。空気は澄み切っていて、北風が強く吹き荒れている。道端に枯れ葉が舞い上がる。樹木から離れ落ちた枯れ葉は、まるで僕のようだ。踏ん張りがきかず、ただ風まかせ。
突発的な向かい風が吹いた。息が詰まる。風は落ち葉と同じように、僕の身体から魂を引き剥がそうとした。
僕は身体に両手を巻いて自分を抱き留めた。咄嗟の判断だった。
生きるための些細な抵抗。
希薄な自分の色が少し濃ゆくなったように感じた。
自分を抱きしめる自分の温かさに目頭が熱くなった。
いつか、今日を思い出す日は来るだろうか?
テーマ; あの日の温もり
2/28/2025, 5:50:29 PM