→短編・記憶は記録ではない。
実家からアルバムが届いた。
昨今の写真といえば、スマホのファイルに格納したままということも多い。しかし私の幼い頃は、まだデジカメが主流で、そこから良いものをピックアップしてアルバムを作ったものだった。
レトロなふわふわした手触りのアルバムの茶色い表紙をそっとなでる。それだけで懐かしい思い出が、脳裏にワッと押し寄せてきた。飼っていた犬のこと、大好きだったワンピース、長い髪を三つ編みにしていたこと。夏休みの祖父母の家……。
遠い昔に思いを馳せながら、私はアルバムをめくった。そこには懐かしい風景と、幼い私……?????
あれ?
私、こんなに鼻が低かったっけ?? それに思い出の自分よりも手足が短いぞ。三つ編みも思ったほど長くない。柴犬だと思ってたけど、リキくんってば雑種じゃん。いやいや、もちろん可愛いのには変わりないけど。
そっかぁ、思い出って知らんうちに脚色されてるんだなぁ〜。
テーマ; 記録
→短文・旅の朝。
今日帰る予定だったけれど、もう一日延泊することに決めた。
まったくの衝動的判断。初めての経験。
自分にしては大胆な行動。
ゆっくりしたくて旅館メインで決めた旅だった。観光のことはほとんど調べていなかった。
昨日ちょっと散策してみたら……、
立ち寄ったカフェのフレンチトーストが気になった。宿に戻る前に見つけた細い路地を辿ってみたい。私設の民俗館も見つけてしまった。
じわりと心が動いたと思ったら、もうノンストップ。
「また次回」なんて悠長なことは言ってられない。旅のワクワクはナマモノなのだ。
昨日と同じ場所なのに、未知が満ち満ちている。ワクワクがドキドキだし、心が弾むように弾んでいる。
浮かれてるかな?
浮かれてるな。
さぁ、出発だ。
テーマ; さぁ冒険だ
→短文・早春
ついつい頭を下げて歩く。
意識して視線を上げても、しばらく経つとまた目は地面を追っている。
長く続かない自分の集中力に呆れ、集中しなければ下方修正に陥る自分が嫌になる。
冬の寒さで身がすくむ毎日に、余計な落ち込みをしてアスファルトにため息一つ。も一つ頭も落ちる。
トボトボ歩く目端に、道路脇に咲く青い花が飛び込んできた。季節を先取りしたような青い空の花弁が鮮やかに私の目を奪う。
相も変わらず地面追いの、私のまぶたの裏に、小さな一輪の花の青色が焼き付いた。
もうすぐ春が来るのだな。
テーマ; 一輪の花
→短編・お察し
新聞の広告欄で気になる商品を見つけた。
『これであなたも魔法使い!*¹』
広告は言う。
『当社独自のノウハウで魔力の泉を水筒に閉じ込めることに成功。魔力は無色透明で目に見えないが、水に溶ける性質を持つ。この水筒に一晩水を保存しておくだけで、簡単に魔力を摂取することが可能。*²
さらに保冷温まで可能という痒いところにまで手が届く逸品。
その名も「魔法瓶」!
今なら1980円!! 期間限定! 急いで!』
へぇ〜、怪しいなぁ。
ん?何か小さい文字があるぞ。
(*¹ 効果を保証するものではありません)
(*² 効果には個人差があります)
……あ〜。
テーマ; 魔法
→短編・君と、休日のひととき。
君にせがまれて、シャボン玉遊び。2歳のお誕生日にジィジからもらったプレゼント。
シャボン液を用意する段階から君は大はしゃぎ。洗面台に届かない背丈を一生懸命に伸ばして、僕の手元を覗き見ようとする。
見下ろす君の小さな頭に天使の輪っかが、ゆらゆら揺れる。好奇心旺盛な天使は、いっときもじっとしていない。
さぁ、庭へ出よう。晴天の昼間。君のはしゃぐ声が、青い空に吸い込まれてゆく。
先を花のように開いたストローにシャボン液を浸して、そっと息を吹き込むとシャボン玉がホワリ。大きな、小さな、シャボン玉をいくつも空へと解き放つ。
シャボン玉初体験の君は、目を輝かせて手を伸ばしシャボン玉を追う。
シャボン玉の薄い膜に、虹が揺らめく。君の瞳にこの光景はどう映っているのだろう? いつかこの日を思い出すことはあるのかな? シャボンの虹、覚えていてほしいな。
ーパチン!
力いっぱい手を打って、君がシャボン玉を捕まえた。得意満面に手を開くが、そこには何もない。シャボン玉の名残が君の手を濡らすばかり。
君は両手を何度も見て、僕にその手を見せる。
「ないねぇ」
不思議そうにそんなことを言う君の頬に、虹色のシャボン玉が擦り寄るように通って行った。
テーマ; 君と見た虹