一尾(いっぽ)in 仮住まい

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2/1/2025, 3:59:03 PM

→短編・バイバイ

「バイバーイ」
 セーラー服の少女が私に手を振っている。独身社会人の私に、あの年頃の知り合いはいない。誰だろう? 彼女の人違いではなかろうか? でも、この声を何処かで聞いた記憶がある。
「バイバーイ」
 土手の上の彼女は弾んだ高い声で繰り返す。
「バイバーイ」
 河原を歩く私に親しげに手を降る彼女は、黄昏時の夕焼けを背後にしており、その顔は逆光で見えない。
「バイバーイ」
 明るい堂々とした声に釣られて、私はおずおずと胸前で手を振った。「バイバイ……」
 私の挨拶に納得したのか、もしくは人違いに気がついたのか、彼女はさっと身を翻し土手の向こうに消えた。
 冬の川辺に冷たく鋭い風が、黒く薄い生地の私のスカートを揺らした。黒のストッキングの膝下が一気に冷え込む。
 思えば、今日は寒かった。通年で使えるからと買った黒の礼服に貼り付けたカイロだけでは温まらなかった。何しろ心にポッカリと空いた穴が、身体を内から冷やした。急な別れが寂しかった。
 死がこんなに身近に有ることを、初めて実感した。
「バイバーイ、バイバーイ、バイバーイ……」
 耳の奥で少女の声がこだまのように繰り返している。
 その声が友人に似ていることを、私は今さらながら思い出した。

テーマ; バイバイ

1/31/2025, 3:35:33 PM

→旅の手引書

本の携帯をお勧めする。良い相棒になる。
ノートは必須である。方眼紙だと尚良い。
ペンの種類は問わない。使い慣れたものを。

旅の途中、現実の在り方を問わぬこと。
旅人のアイデンティティは、そこに居着かない他者であることだ。
日常から解き放たれて、風来坊よろしく右へ左へ気まぐれに。
だからといって、傍若無人は無粋である。「旅の恥はかき捨て」は反面教師にしておくが良かろう。

では、良い旅を。

テーマ; 旅の途中

1/30/2025, 2:17:51 PM

→短編・虹の麓の蚤の市

まだ知らない君へ。
隣町の角を曲がって、煉瓦造りの洋館を通り過ぎ、植物園のジャスミンのアーチをくぐって、目を閉じて3回踵を踏み鳴らせば、虹の麓に到着できるよ。
いつでも案内してあげる、付いておいでね。

蚤の市は、純度87%の透明な朝限定で開催されるよ。
この前案内した人は、宝物をいっぱい見つけたって言ってたっけ。知ってるけど知らない人にプレゼントしたいんだってさ。
意味がわかんないよね。
でも、まだ知らない君に語りかける僕も同じようなものだね。

そうそう、あそこの蚤の市の品物はね、彼らが辿ってきた物語を全部記してあるんだ。読んでいるとついつい夢中になっちゃうから、気をつけてね。
ストーリーチェイサーになって、永遠に虹の麓に住み着く人もいるんだって。
それはそれで楽しそうだよね。

君はどんなものを見つけるのかな?
物語は無限だよ。

テーマ; まだ知らない君
  〜1/22テーマ・あなたへの贈り物
    『ここで知り合った知らない貴方へ』

1/30/2025, 2:52:42 AM

→短編・日陰者

綺麗なマーブル模様のペン軸でしょう?
元は白木だったんですよ。
え? どうしてこうなったのか知りたいんですか。
そうですねぇ……、うまく話せるかな?

このペン軸の所有者は日陰者でした。いやいや、前科はありませんよ!

もともと、彼は私の友人でしてね。
極度な人見知りで、とにかく口下手。口を開いては黙り込む、の繰り返し。
自分の些細な一言が人を傷つけることになりはしないかと発言を検討を重ねているうちに、頭が真っ白になっちまうんですって。
優しすぎるんでしょうね。繊細なヤツでした。

次第に人から距離を置くようになって、とうとう山奥の庵に閉じ籠もっちゃいました。
そこからですね、日陰者を名乗るようになったのは。
隠遁者かと問うと、そんな柄じゃないって。

このペン軸は、私がプレゼントしました。手紙を待つとメッセージをつけてね。
律儀な彼は四季折々に触れて手紙をよこしてくれましたよ。手紙の多くは、山の暮らしや風景を伝えるものでした。その朴訥な手紙は寡黙な彼らしくてねぇ。考えに考えて手紙を書いてるんだろうなぁという、短い一文の羅列でした。

そんな生活が30年。
私たちはすっかり老いて、彼は先に次のステップに進んでしまいました。
もう手紙を待つこともありません。いくら彼が律儀だろうとあの世から手紙なんてねぇ?

あぁ、すみません、話が脱線しましたね。
ペン軸の話ですね。
いかんなぁ、年を取ると集中力がすぐに切れる。
このペン軸がなぜマーブル模様を纏うようになったのか、実のところ、よくわからんのです。
形見分けでもらった時には、もう彼から理由を聞くことはできませんしね。

知り合いの染物屋が言うには、染めたものではないとのことでした。
不自然に自然すぎると言うんです。まるで木から模様が浮き出しているようだってね。
試しに少し削り取ってみたら、樹液のように中から模様が滲み出てきました。
不思議でしょ?
私が思うに、このペン軸は彼に長く使われるうちに、彼が記さなかった言葉を蓄積していったのではないでしょうか? 彼の感情や想いが、こうしてマーブル模様を描きだした。
彼の手紙を30年受け取り続けた私は、そう思うのです。

いやぁ~、すみませんねぇ。
はっきりしない話で。
彼と同じように私も口下手なんですよ。

テーマ; 日陰
  〜1/22テーマ・あなたへの贈り物
      『マーブル軸のつけペン』

1/29/2025, 2:04:52 AM

→短編・冬の日、公園の木立にて。

帽子かぶって駆けて来る、
息子の小さな手には、大きな枯れ葉。

「はい、おハガキ!」

ありがとうと礼を伝えると、
郵便屋さんは嬉しそうに笑い、
再び駆けていった。

枯れ葉は木々から次々と降ってくる。
郵便屋さんは空に手を伸ばした。
葉っぱを空中でキャッチしたいようだ。
わぁわぁと大騒ぎで手を降っている。
郵便業務は激務らしい。
どんぐり帽のてっぺんのポッチリまで忙しそう。

私は、郵便屋さんからのハガキを太陽にかざした。
一部分だけ虫食いで、葉脈だけが残っている。
まるで半透明の切手を貼っているみたい。

素敵な贈り物をありがとう、郵便屋さん。

 
テーマ; 帽子かぶって
   〜1/22テーマ・あなたへの贈り物〜
      『半透明の切手(未使用)』

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