→短編・日陰者
綺麗なマーブル模様のペン軸でしょう?
元は白木だったんですよ。
え? どうしてこうなったのか知りたいんですか。
そうですねぇ……、うまく話せるかな?
このペン軸の所有者は日陰者でした。いやいや、前科はありませんよ!
もともと、彼は私の友人でしてね。
極度な人見知りで、とにかく口下手。口を開いては黙り込む、の繰り返し。
自分の些細な一言が人を傷つけることになりはしないかと発言を検討を重ねているうちに、頭が真っ白になっちまうんですって。
優しすぎるんでしょうね。繊細なヤツでした。
次第に人から距離を置くようになって、とうとう山奥の庵に閉じ籠もっちゃいました。
そこからですね、日陰者を名乗るようになったのは。
隠遁者かと問うと、そんな柄じゃないって。
このペン軸は、私がプレゼントしました。手紙を待つとメッセージをつけてね。
律儀な彼は四季折々に触れて手紙をよこしてくれましたよ。手紙の多くは、山の暮らしや風景を伝えるものでした。その朴訥な手紙は寡黙な彼らしくてねぇ。考えに考えて手紙を書いてるんだろうなぁという、短い一文の羅列でした。
そんな生活が30年。
私たちはすっかり老いて、彼は先に次のステップに進んでしまいました。
もう手紙を待つこともありません。いくら彼が律儀だろうとあの世から手紙なんてねぇ?
あぁ、すみません、話が脱線しましたね。
ペン軸の話ですね。
いかんなぁ、年を取ると集中力がすぐに切れる。
このペン軸がなぜマーブル模様を纏うようになったのか、実のところ、よくわからんのです。
形見分けでもらった時には、もう彼から理由を聞くことはできませんしね。
知り合いの染物屋が言うには、染めたものではないとのことでした。
不自然に自然すぎると言うんです。まるで木から模様が浮き出しているようだってね。
試しに少し削り取ってみたら、樹液のように中から模様が滲み出てきました。
不思議でしょ?
私が思うに、このペン軸は彼に長く使われるうちに、彼が記さなかった言葉を蓄積していったのではないでしょうか? 彼の感情や想いが、こうしてマーブル模様を描きだした。
彼の手紙を30年受け取り続けた私は、そう思うのです。
いやぁ~、すみませんねぇ。
はっきりしない話で。
彼と同じように私も口下手なんですよ。
テーマ; 日陰
〜1/22テーマ・あなたへの贈り物
『マーブル軸のつけペン』
1/30/2025, 2:52:42 AM