一尾(いっぽ)in 仮住まい

Open App
1/30/2025, 2:52:42 AM

→短編・日陰者

綺麗なマーブル模様のペン軸でしょう?
元は白木だったんですよ。
え? どうしてこうなったのか知りたいんですか。
そうですねぇ……、うまく話せるかな?

このペン軸の所有者は日陰者でした。いやいや、前科はありませんよ!

もともと、彼は私の友人でしてね。
極度な人見知りで、とにかく口下手。口を開いては黙り込む、の繰り返し。
自分の些細な一言が人を傷つけることになりはしないかと発言を検討を重ねているうちに、頭が真っ白になっちまうんですって。
優しすぎるんでしょうね。繊細なヤツでした。

次第に人から距離を置くようになって、とうとう山奥の庵に閉じ籠もっちゃいました。
そこからですね、日陰者を名乗るようになったのは。
隠遁者かと問うと、そんな柄じゃないって。

このペン軸は、私がプレゼントしました。手紙を待つとメッセージをつけてね。
律儀な彼は四季折々に触れて手紙をよこしてくれましたよ。手紙の多くは、山の暮らしや風景を伝えるものでした。その朴訥な手紙は寡黙な彼らしくてねぇ。考えに考えて手紙を書いてるんだろうなぁという、短い一文の羅列でした。

そんな生活が30年。
私たちはすっかり老いて、彼は先に次のステップに進んでしまいました。
もう手紙を待つこともありません。いくら彼が律儀だろうとあの世から手紙なんてねぇ?

あぁ、すみません、話が脱線しましたね。
ペン軸の話ですね。
いかんなぁ、年を取ると集中力がすぐに切れる。
このペン軸がなぜマーブル模様を纏うようになったのか、実のところ、よくわからんのです。
形見分けでもらった時には、もう彼から理由を聞くことはできませんしね。

知り合いの染物屋が言うには、染めたものではないとのことでした。
不自然に自然すぎると言うんです。まるで木から模様が浮き出しているようだってね。
試しに少し削り取ってみたら、樹液のように中から模様が滲み出てきました。
不思議でしょ?
私が思うに、このペン軸は彼に長く使われるうちに、彼が記さなかった言葉を蓄積していったのではないでしょうか? 彼の感情や想いが、こうしてマーブル模様を描きだした。
彼の手紙を30年受け取り続けた私は、そう思うのです。

いやぁ~、すみませんねぇ。
はっきりしない話で。
彼と同じように私も口下手なんですよ。

テーマ; 日陰
  〜1/22テーマ・あなたへの贈り物
      『マーブル軸のつけペン』

1/29/2025, 2:04:52 AM

→短編・冬の日、公園の木立にて。

帽子かぶって駆けて来る、
息子の小さな手には、大きな枯れ葉。

「はい、おハガキ!」

ありがとうと礼を伝えると、
郵便屋さんは嬉しそうに笑い、
再び駆けていった。

枯れ葉は木々から次々と降ってくる。
郵便屋さんは空に手を伸ばした。
葉っぱを空中でキャッチしたいようだ。
わぁわぁと大騒ぎで手を降っている。
郵便業務は激務らしい。
どんぐり帽のてっぺんのポッチリまで忙しそう。

私は、郵便屋さんからのハガキを太陽にかざした。
一部分だけ虫食いで、葉脈だけが残っている。
まるで半透明の切手を貼っているみたい。

素敵な贈り物をありがとう、郵便屋さん。

 
テーマ; 帽子かぶって
   〜1/22テーマ・あなたへの贈り物〜
      『半透明の切手(未使用)』

1/28/2025, 5:56:34 AM

→短編・改革者

 夜半、おばけ小学校の登校時間が始まります。
 子どもおばけの持つ通学用カンテラが、色とりどりに光量もそれぞれに光ります。カンテラの芯の素材の違いによるものです。
 その中でも圧倒的に多いのはパステルカラーの灯りに火花をスパークさせる、ラメ入りチュール芯を使ったカンテラです。この芯は小学生の最新トレンドで、あっという間に子どもたちを虜にしました。
 シーツおばけのQ Tちゃんのクラスは全員の仲が良く、クラスメイトの一人の提案により、全員がラメ入りチュール芯を使っています。
 家を出る前、4年生のQ Tちゃんは自分を落ち着けるように大きく息を吐き出し、カンテラを持ちました。その横に残されているのは、ラメ入りチュール芯。
 相棒のカンテラは、優しい霧のような灯りでQ Tちゃんを包み込みます。この灯りはビロード芯です。
「本当に大丈夫なの?」
 お母さんおばけが心配そうにQ Tちゃんに声をかけます。
 Q Tちゃんは意を決して大きく頷きました。
「だって私、ビロード芯が好きなんだもん!」
 一致団結が同調圧力に変わってしまったクラスに抗うQ Tちゃんの小さな勇気は、こうして第一歩を踏み出しました。

テーマ; 小さな勇気
   〜1/22テーマ・あなたへの贈り物〜
      『ビロード芯のカンテラ』

1/27/2025, 6:39:23 AM

→短編・インク瓶 

 何年ぶりの帰郷だろう?
 仕事から離れたのは、いつが最後だったのか思い出せない。
 久しぶりの地元駅。久しぶりの商店街。久しぶりの帰路。久しぶりの実家。久しぶりの自室。
 片付けられた部屋のシンとした空気が他人の部屋のようによそよそしい。置いてある小物や家具で自分の部屋だと実感するが、どこか心もとなく不安が消えない。
 ダメだ。すべてが曖昧で不明瞭だ。
 産業医は言う。この浮遊感が落ち着くまで3ヶ月ほど様子をみようと。
 まだ捨てられずにある学習机に触れる。これを使ってた当時は、こんな未来を予測だにしなかった。懐かしさとやり切れなさ。こんな対極の感情が当時に襲ってくるくらい、今の僕は不安定だ。
 僕は引出しに手をかけた。カラカラと共に引出しが開く。
 中には、インク瓶が一つ。その瓶を手に取ると、底に青いインクが残っていた。
 高校時代に付き合った彼女からのプレゼントだ。万年筆も使ったことのない僕に、ガラスペンとのセットを贈ってくれた。僕の字はガラスペン向きだと笑った彼女と、当時のことを思い出す。
 単純な僕はがぜんやる気になって毎日手書きのグリーティングカードを作成した。出来の良さに感激した彼女の発案でネットの手作り市サイトで販売までした。
 ブランド名は「わぁ!」。初めて僕の作品を見た彼女の第一声が由来。制作担当の僕と事務担当の彼女。受注に追われるのはしんどかったけれど、第一本当に楽しかった。思えば、あの頃の僕は生き甲斐に溢れていた。
 それが今じゃ、この有様だ。仕事に追われて、時間も、自分の体までもが、仕事をこなすツールになっていた。追いつけ追い越せ、でも一体何に?
 インク瓶の蓋を回す。底の方に残ったインクは固まっていた。
 あの頃の丁寧な情熱を、いつか僕は取り戻せるだろうか?
 瓶の中に僕の涙が落ちて、青い結晶ができた。

テーマ; わぁ!
   〜1/22テーマ・あなたへの贈り物〜
     『底にインクの固まったインク瓶』

1/26/2025, 9:36:02 AM

→短編・エル・スヴェンナ・リリア・リリネラ・パタル・アマルディ=ユーマュア=エーゴの鍵

「エル・リリア! 腕が取れてるぞ。それに魚臭い」
 旅籠屋の暖簾をくぐった体格の良い女性に、宿屋の主人は鼻をつまんだ。首にかけたボールチェーンの先に、真鍮の鍵が光る。
「絶海クジラに挑んできた。アイツの歯、キツイね。見てよ、頭まで落ちそうだ」
 両腕をもがれ全身血だらけのエル・スヴェンナ・リリア・リリネラ・ユーマュア=エーゴは首を傾けた。肩から喉にかけての大きな裂傷がさらに血を噴き出す。
「で? 鍵穴は?」
「見つかってたら、ここには来てないよぉ」
 エル・リリアは情けない声を上げた。
 ここは幽世。転生するためには、鍵穴持ちモンスターを倒し、個人に充てがわれた鍵を開けることが必須なのだが……。「アタシの鍵、不良品じゃないのかねぇ。もう100年はこんな暮らししてんだけど」
 エル・リリアのため息混じりの弱音に、宿屋の主人は肩をすくめた。
「俺のこれまでの経験上。この幽世で終わらない物語ってのは存在しない」
 エル・リリアは「アンタは?」と問いかけて、その言葉を飲み込んだ。彼は現世で重罪を犯したため、幽世に監禁された鍵無しである。100年も顔を突き合わせていれば、そんな話にもなる。「覆水盆に返らずってのは、こういうことだな」酒に酔った彼の呟きは珍しく気弱だった。彼がその日のことを覚えているかどうかは分からないが、その日から2人で杯を交そうとしないので、そういうことなのだろう。
 宿屋の店主は番台に肩ひじを付いて、エル・リリアに聴いた。
「絶海クジラは名前持ちだろ? どうだった?」
「パタル・アマルディだってさ」 
 ラスボス級のモンスターを攻略すると勲章のような名前が与えられる。
「ムダに名前が伸びていく〜」
 エル・スヴェンナ・リリア・リリネラ・パタル・アマルディ=ユーマュア=エーゴの騒がしさに、宿屋の店主は「うるせぇな」と不快感を表したが、その顔はそれほど迷惑そうではなかった。

テーマ; 終わらない物語
  〜1/22テーマ・あなたへの贈り物〜
         『鍵穴不明の真鍮の鍵』

Next