→短編・エル・スヴェンナ・リリア・リリネラ・パタル・アマルディ=ユーマュア=エーゴの鍵
「エル・リリア! 腕が取れてるぞ。それに魚臭い」
旅籠屋の暖簾をくぐった体格の良い女性に、宿屋の主人は鼻をつまんだ。首にかけたボールチェーンの先に、真鍮の鍵が光る。
「絶海クジラに挑んできた。アイツの歯、キツイね。見てよ、頭まで落ちそうだ」
両腕をもがれ全身血だらけのエル・スヴェンナ・リリア・リリネラ・ユーマュア=エーゴは首を傾けた。肩から喉にかけての大きな裂傷がさらに血を噴き出す。
「で? 鍵穴は?」
「見つかってたら、ここには来てないよぉ」
エル・リリアは情けない声を上げた。
ここは幽世。転生するためには、鍵穴持ちモンスターを倒し、個人に充てがわれた鍵を開けることが必須なのだが……。「アタシの鍵、不良品じゃないのかねぇ。もう100年はこんな暮らししてんだけど」
エル・リリアのため息混じりの弱音に、宿屋の主人は肩をすくめた。
「俺のこれまでの経験上。この幽世で終わらない物語ってのは存在しない」
エル・リリアは「アンタは?」と問いかけて、その言葉を飲み込んだ。彼は現世で重罪を犯したため、幽世に監禁された鍵無しである。100年も顔を突き合わせていれば、そんな話にもなる。「覆水盆に返らずってのは、こういうことだな」酒に酔った彼の呟きは珍しく気弱だった。彼がその日のことを覚えているかどうかは分からないが、その日から2人で杯を交そうとしないので、そういうことなのだろう。
宿屋の店主は番台に肩ひじを付いて、エル・リリアに聴いた。
「絶海クジラは名前持ちだろ? どうだった?」
「パタル・アマルディだってさ」
ラスボス級のモンスターを攻略すると勲章のような名前が与えられる。
「ムダに名前が伸びていく〜」
エル・スヴェンナ・リリア・リリネラ・パタル・アマルディ=ユーマュア=エーゴの騒がしさに、宿屋の店主は「うるせぇな」と不快感を表したが、その顔はそれほど迷惑そうではなかった。
テーマ; 終わらない物語
〜1/22テーマ・あなたへの贈り物〜
『鍵穴不明の真鍮の鍵』
1/26/2025, 9:36:02 AM