一尾(いっぽ)in 仮住まい

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12/16/2024, 3:18:00 AM

→短編・雪を待つ。〜行列の二人・4〜

 昨晩から降り出した雪は、日が昇っても止むことなく降り続き、都市の交通インフラを混乱させていた。
 通勤通学時間、電車のホームは人であふれかえり、まったく役に立たなくなった時刻表を当てにすることなく、電車が来るのを辛抱強く待っている。
 そして私もそのひとり。乗換駅で電車を持っているのだが、おそらく仕事の始業時間には間に合わないだろう。かなり早くに家を出たんだけどなぁ。ホームに蔓延する空気感は諦めと苛立ちの両方が入り乱れている。
「雪、止まねぇな」
 後ろから、呆れたような諦めたような声が聞こえた。あれ、この少し低い冷静な声、聞き覚えがあるぞ。もしかして、ザ・行列(私命名)のツッコミくん?
「俺、気合いで止ませてみようか?」
 そして、もう一人のイケボなのにアホっぽい返答は、ボケくんだ!
「雪よ! 止め!」
 力強く響く迫力のある声が雪に命令した。あっ、これ、天に向かって言ってるわ。安定のボケ。
「おまっ! こんなところで変な動きすんな! 恥ずかしいだろ!」
 ツッコミくんの焦る声。
 二人のやりとりにクスクス笑い広がりだした。笑いから逃れようと咳払いする人までいる始末だ。
 くそぉ〜、彼らの後ろに並びたかった! しかし振り向くってのも不審者っぽいし。
「え? でも、やっぱ呪文に動きは必須じゃん」
「混雑してるところで手ぇ振んなって! そもそも呪文なんて使えねぇだろ!」
「でも、俺、今日の雪にちょっと関係あるからなんとかしたいんだよね……」
 急にボケくんのしんみり声。ど、どうした? 天然超えての電波!? 
 二人を中心に何となく静かになる。周囲が完全に二人の会話にロックオン。
 ボケくんの声、本当によく通るし、人を惹きつけるんだよなぁ。声優とかVTuberとかやれば人気出そう。
「小学校の時の書き初めが何書いてもイイ系だったから……、俺、何も考えず……『雪を待つ。』って書いちゃってさぁ! 今日のこれ、絶対アレが叶っちゃったんだよ!」
 ボケくんの罪悪感と、周囲の「すーん」感の乖離が甚だしい。時間差!というツッコミ感が漂っている。
「……言うことは、それだけか?」
 唯一この場を収めることのできるツッコミくんが、振り絞るような声で己の使命に立ち向かった。
「罪深いだろ?」
 ボケくんの哀愁を誘う雪よりも静かな声は、覚悟に立ち向かう意志を感じる。まるで自分の責任を果たそうとする勇者のようだ。
「能力系漫画の読みすぎ! 目ぇ覚ませ!」
 スパーンと音がした。
「痛っ!」
 後ろで何が起こったのかは見なくてもわかる。
 素晴らしい、ボケとツッコミをありがとう。声優でもなくVTuberでもなく、二人で芸人養成所に行ってください。今から推します。
 あっ、電車待ってるの忘れてた。

テーマ; 雪を待つ

〜行列の二人〜
 ・10/26 一人飯(テーマ; 友達)
 ・11/1 展覧会(テーマ; 理想郷)
 ・11/13 良い子も悪い子も真似しないでね。
      (テーマ; スリル)

12/15/2024, 8:29:42 AM

→月とか、渋滞中の車道とか、イルミネーションとか……

 通常は光の輪郭がきっちりと見えるんよね?
 私は乱視なので、自家製エフェクトでエエ塩梅に見えます。
  キラキラ反射。常に映え写真、みたいな? 何となくお得な気がするのは、私が貧乏性だからでしょうか? それとも、関西人だからでしょうか?
 

テーマ; イルミネーション

12/13/2024, 4:54:49 PM

→短編・ひとり酒

 ハート型ボトルのウィスキーが実家から送られてきた。親父がゴルフコンペのニアピン賞でもらってきたものらしい。実家は全員下戸なので、唯一酒の呑める俺に回すことにした、と母親はそう説明した。
 コロンとしたハートがなんとも可愛らしいボトルだ。ミニサイズを想像しがちだが、実はフルボトル。しかもラベルに「愛」の文字入り。ファンシーさとイカツイさを併せ持ったボトルだ。
 そして20代独身男の部屋に微妙な哀愁をもたらしてくれている。
 早々に終わらせたいのだが、ウイスキーのフルボトル、なかなか減らんのよ。
「う〜ん」
 一声唸って、ボトルのウイスキーをグラスに注ぐ。気合いの入った達筆の「愛」の強烈な存在感がすごい。同じ愛なら人間の愛がイイ。
「愛を注いで、愛を求める……、なぁんてね、ハハ」
 破れかぶれな独り言が辛い。
 ヤバい、マジで人恋しくなってきた。マッチングアプリ、登録しようかなぁぁ。

テーマ; 愛を注いで

12/12/2024, 4:03:13 PM

→短編・絵心と心太

 友人と交換日記を始めることになった。何となくのノリで絵日記に決定。
 一番手は友人。週末の家族旅行の様子を絵に描いてくれたみたいなんだけど……、絵がなかなかにエキセントリックだ。
 鉛筆画なので白と黒の世界。食べ物かな? 器に細長い針のようなものがたくさん入ってる絵。なんだろう? 麺系? 日記をヒントにするなら、香川県に行ったと書いてある。
「うどん??」
 まるでクイズを答えるような私の疑問符付きの言葉に、彼女は肩を落とした。
「……ところてん」
 心太、とな? なるほど、ところてん??
「黒蜜たっぷりで美味しかったから描いてみたけど、全然上手く描けないの。自分の絵心のなさに萎えた」
 そっか、それでもチャレンジしてくれたのか、良いヤツだなぁ。
 その日の日記に、私も心太を描いてみた。彼女と同じようなうどんみたいな絵になった。透明なだけにムズいな、心太。
 早く明日にならないかな、彼女と一緒にお互いの絵を笑い合いたいな。

テーマ; 心と心

12/11/2024, 4:18:11 PM

→短編・何でもないフリで、お行儀よく座ってらっしゃい。

お止しなさいよ、お止しなさいよ。
遥か昔に貴方の舞台は幕を下ろしたんですよ。

やれやれ、
華やかな昔日の栄光を急に思い出したのですね。
ふむ? 彼らを告発する?
困ったなぁ。
ねぇ、マダム?
少し昔話をしましょうか?
当時の貴方は、パトロンたちが引き起こした不徳に気づかないフリをした。知らん顔でそっぽを向いてらしたじゃないですか。
お忘れですか?
今になってソイツを蒸し返すのは賢い選択ではありませんよ。
何度でも言います。お止しなさい。

それにしてもそのお洋服、よく見つけてらしたこと!
よくお召しでしたね。
さぁさぁ、鏡はこちら。よくご覧なさい。
今ではすっかり虫食いだらけ。

あぁ、長く立ってらしてお疲れになった?
どうぞ、車椅子はこちらです。
さぁ、お部屋に戻って着換えましょうね。
そんなキョトンとしたお顔をして、どうしたんです?
虫食いの服を着た理由がわからない?
まぁ、そんなこともありましょう。
そうだ、少し聞いて下さいな、マダム。
今の貴方の生活は、かつてのパトロン方のご厚意の上に成り立っている。そのことを忘れちゃいけません。
気まぐれの義憤は、貴方を宿無しにしてしまいますよ。
私が何を言っているのか分からない? 彼らには感謝しかしていない?
そうですか、それなら結構。

面倒なことは言いません。
ありきたりですけれど光射すところには影がある。
だから、どうぞおとなしく座ってらっしゃいな。

テーマ; 何でもないフリ

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