一尾(いっぽ)in 仮住まい

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11/28/2024, 2:34:01 AM

→短編・拳とキャッチボール

 僕はリビングのソファーから立ち上がった。
「オヤスミ」
「……」
 いつもなら明るく応えてくれる彼女は、背中を向けて黙ったままだ。
 寝る前のちょっとした言い合いが、ケンカになって尾を引いている。
 頑なに意見を押し付ける彼女と、正誤関係なく反論を繰り返す僕。アグレッシブな言い争いに疲れて、僕たちはなし崩しに言葉の拳を下ろした。
 寝室に入るとシングルのベッドが2つ並んでいる。ダブルベッドにするかを2人で悩んた末、お互いの寝相の悪さからシングルにした。こういう日にも役に立つとはね、と僕はベッドに潜り込んだ。隣の彼女はまだ来ない。
 初冬の寒さ。毛布にくるまって僕は何度も寝返りを打った。上掛け布団がズレてきた。少し寒い。掛け直さなきゃなぁ、でもメンドクサイなぁ……、今日、眠れるかな?

 朝、スマートフォンの目覚ましに起こされる。眠れるか心配していたが、ぐっすり眠っていたようだ。何なら、彼女と温泉に行く夢を見た。
「あっ……」
 上掛け布団がキチンと掛かっている。
 経験上、ソレが自分でないことを知っている。つまり、彼女だ。
 ベッドにその姿はない。部屋の何処にも気配を感じない。朝イチで出勤するって言ってたっけ。
 僕はスマートフォンで彼女にメッセージを送信した。
「布団、ありがとう。2人で温泉に行く夢を見たんだ。これ、正夢にしない?」
 即レス。
「あなたの奢りなら!」
 猫がハートを浮かべて手を合わせたイラスト付き。
「じゃあ、食べ歩きの分はよろしく!」と僕。
「ok」……
 拳ではないキャッチボールなやりとりは、もうしばらく続いた。

テーマ; 愛情

11/27/2024, 8:06:45 AM

→短編・名作探訪 第72回
     酒造『機微』の『微熱』

 その人のそばにいると、微熱心地になる。どうにもできない熱が頬を染め、頭の奥がジンとしびれる。胸が早鐘を打ち、多幸感と恥じらいに居ても立ってもいられない……、それは初めての恋の記憶。
 嗚呼、あの時の初恋をもう一度。
 そんな望みを叶えてくれるのが、酒造『機微』の初恋焼酎『微熱』である。
 純度の高い初恋を蒸留して造られるこの焼酎は、新酒に似た尖った風味を舌に残し、若葉のような清々しくも苦い香りが貴方を昔日に誘う。
 仄かな酩酊の向こうに、初恋の人は見えますか?
 
※生産量は極めて少量。予約のみの販売となっている。

テーマ; 微熱

11/26/2024, 5:58:16 AM

→四季、お日さまを頂いて。

春、
心をくすぐるぽかぽか陽気。
ウズウズ、身体が動き出そうとする。

夏、
頭頂を刺すような熱気。
イベント満載、うだる暑さを吹き飛ばそう。

秋、
冷たい風を穏やかにする小春日和。
外で本を読むのに最適。お供は水筒のコーヒー。

冬、
白い息をかき消す、白い陽射し。
少し早足。木枯らしと歩く。


テーマ; 太陽の下で

11/25/2024, 2:27:41 AM

→短編・ラッキーアイテム

 私は、商店街のブティック(マダム向け)に勤めている。
 ある朝、店を開けるなり女性のお客さんが飛び込んできた。忙しなく視線を動かしている。
 何か目当てのものがあるに違いない。声をかけようかと思ったところで、彼女は瞳を輝かせ棚から赤いセーターを取り出した。
「これ、お願い!」
「試着は……?」
 ここで着替えさせて、と言う。試着室で彼女は快活に話し続けた。「今日のな、朝の占いのラッキーアイテム、赤いセーターやってん!」
 さらに曰く、仕事で大きなプレゼンがあるらしく、験を担ごうと思ったらしい。
 ありがとうございますと送り出すまで、彼女は明るく和やかに色々な話をしてくれた。
 可愛らしくエネルギッシュな彼女のおかげで、朝から清々しいスタートとなった。

テーマ; セーター

  ※ちょびっとだけ実話を元にしています。

11/24/2024, 9:33:05 AM

→短編・微睡みに落ちてゆく。
 
 寄せて引いて、深夜の眠気。
 まだ眠くない。想像を揺蕩わせて遊ぶ。

 時間を海だと思ってみる。
 そして時計の針は釣り針。毎日午前0時の長針が私から過ぎ去った今日だけを釣り抜いて行く。
 まるで脱皮。抜け殻の過去。
 私の抜け殻は、海底に落ちてゆく。今日と明日の狭間、深夜の海溝に。
 静かにゆっくり、しわくちゃの過去が結んで開いて。水は冷たいかい? 
 抜け殻は、やがて深海にたどり着く。
 過去が堆積した深海は、どんな具合だろうな。それをエサにする生物はいるのかしら? エビとか、タコとか?
 途端に、私の抜け殻とダンスするタコが頭に浮かんできた。おやおや、エビも踊ってる。

 寄せて引いて、深夜の眠気。
 私は微睡みに落ちていく。
 今日の夢は竜宮城が舞台になりそうです。
 
テーマ; 落ちていく

 

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