一尾(いっぽ)in 仮住まい

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11/23/2024, 8:37:27 AM

→短編・ウッフッフ夫婦

「だからね! 夕方に近所の橋を渡る時に後ろを振り向いちゃダメなんだよ! お母さん、わかった!?」
 娘は小学校から帰るなり、真新しいランドセルを下ろしもせず、私にまとわりついて早口に言った。彼女が語ったのはよくある学校怪談の類だ。
「了解、青い橋のところだね」
 娘はホッとした様子で肩を落としたが、まだ疑心暗鬼らしい。
「お母さん、お仕事で使うでしょ? 帰るのが遅くなる時は本当に気をつけてね!」
 真剣な顔で私を見上げている幼い顔。私はその頬をそっと撫でた。
「うん、青い橋では前しか見ない」
 ようやく娘は安心したようで、よかったぁと私に抱きついた。

「で? 何が現れるって?」
 プシュッと夫の開けるビール缶の音がキッキンに響く。子どもたちとの嵐のような時間が過ぎ去り、大人ののんびりタイムだ。
 私は、夫がグラスにビールを注ぎ分ける様子を見守りながら答えた。
「ウッフッフ夫婦」
「そいつらが夕方の青い橋に現れる、と」
 夫の物言いは、どこか呆れたような調子を含んでいる。私は夫から受け取ったビールを飲んだ。冷たく苦い喉越しが心地よい。
「橋の中央で振り向いたら、ね」
 お互い、無言になった。
 よく見ると夫の肩が震えている。そして私も……。もちろん、それは恐怖ではない。
「そ、その夫婦がウッフッフって笑いながら後を追ってくる……って、それ、何だよ……。しかも、オチ無いし……」
「私にもわかんないよ。でも、あの子、この世で一番恐ろしい話みたいに話すし、笑っちゃいけないって堪えるの必死すぎて、それ以上はもう………!」
 娘の小さな世界の脅威をあからさまに笑うのは忍びないと、私たち夫婦はウッフッフと笑いを殺して肩を揺らした。

 後日、小学校高学年の長男に話を補完してもらったのだが、ウッフッフ夫婦は笑いながら追いかけてくるが、それ以上の悪さはしないそうだ。ウッフッフ夫婦が学校怪談に分類されるかどうかは学年と話術技量による、と冷静に締めくくられた。
 つまり、私の家族にウッフッフ夫婦を怪談話に昇格させる話術の持ち主はいないようだ。

テーマ; 夫婦

11/21/2024, 3:44:34 PM

→ゴリッゴリに五里霧中、何なら百里くらい霧中

どうすればいいの?……かぁ。
ドウスレバイイノ?……ねぇ。
うーん、脳みそを雑巾みたく絞ったら、何か出てくるかな?

動すればいいの? 
    ――移動確認かな?
銅、擦ればいいの? 
    ――科学実験?
同スレ、倍いの? 
    ――ネットミーム?
怒臼玲場易々埜 
    ――ヤンチャなグループ名?
dousurebaiino? 
    ――何となくイタリア語っぽい。

で? こっからどーすんの??
    ――はい、絶賛迷走中。


テーマ; どうすればいいの?

11/21/2024, 4:19:52 AM

→創作に必要だと信じるもの。

自分のことが好きではない。
それも一つのアイデンティティだ、と自嘲。
そんなひねくれた感覚を、けっこう大事にしている。

テーマ; 宝物

11/19/2024, 4:41:21 PM

→短編・初心の灯り

 通勤で通る道に、気になる家がある。通りに面した出窓にキャンドルが置かれていて、夜になると火が灯される。
 今日も灯っていた。
 よそ様の家なので、あまり覗き込んで見ることはできないが、優しいながらも芯の通った美しい灯りは目を引いた。
「今日もろうそく灯ってた?」
 ロッカーで着替え中に同僚に訊かれて、私は頷いた。キャンドルのことは前に話していた。
「毎日、戴帽式気分だね」
「最近は少なくなったんだってね」
「あぁ、ナース帽ね。でも、ナイチンゲール誓詞はあるでしょう?」
「何となく、あってほしいよね」
 ウン十年前の看護学校の卒業式を思い出して私は言った。ナイチンゲールの灯火、そして誓い。あの日、私は立派な看護師になろうと胸を高鳴らせていた。
 私たちはロッカーを後にした。今日から深夜勤だ。
「さて、じゃあ参りますか!」
 立派な看護師になれたかは判らないが、私はずっとこの仕事を続けていて、この仕事に誇りを持っている。
 通勤途中の家は、初心を、当時の若いこころざしを私に思い出させてくれる。

テーマ; キャンドル

11/19/2024, 3:12:20 AM

→短編・想い出箱
   
 僕はパソコンを自作している。自分で組み立てたものが動く達成感と、パーツの組み換えが効くのが何とも楽しい。
 ケースだけは買い換えていなかったのだが、先日とうとう新調した。
「まるでテセウスの船ね」
 妻が横に寄ってきた。
 なるほど、僕の愛機問題は同一性の問題に近しい。僕の愛機に、初期のパーツはもう残っていない。それでも僕の愛機と呼べるのか、感覚派と実体派のバトル。
「ケースまで変わってるんだから、テセウスの船よりも同一性はないけれど、コイツは昔から変わらない僕の愛機さ。
 何せ想い出が詰まってるからね。例えば、君にパーツ選びを付き合ってもらった時のこととかね」
 僕の言葉を受けて、妻がニヤッと笑った。
「例えば、動かないって大騒ぎして電源のコード?を挿し忘れてたときのこととか?」
 寄りかかってきた彼女に対抗するように、僕も寄りかかる。
「あれ一回きりだし、割とあるあるなんだよ」
「そういうことにしといてあげる」
 僕の愛機には、こんな想い出がたくさん詰まっている。
 
テーマ; たくさんの想い出

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